花嫁サークル!! 190
「何処の誰が足踏まれて恋するんだよ……」
「はい! はーいっ」
美穂の嬉しそうな、授業中には見せたことのない綺麗な挙手。
「へ、へぇ……じゃあ美穂はここで、お前とぶつかった挙げ句、足まで踏んずけられた俺を好きになったわけなんだな……」
「うん、そうっ」
「あはは……」
乾いた笑いが悠の口を突く。
だがその理解しがたい理由を肯定的に捉えると、右足への執着に納得がいく(?)ようだ。
「私ね……」
一瞬翳る美穂の表情。
「何をしてもダメなんだ」
その告白は、悠が姿勢を正すのに十分な響きを持っていた。
「志穂があんなだから……何て言うの? 引け目、感じちゃってさ……」
誤魔化すように笑顔を作るも、声のトーンまで反映されていない。
ゆっくり階段を上りながら彼女は独白を続ける。
「テストが来る度に、どうせ私はできませんよーって……やる前から決めつけて……勉強なんて全然しなかった」
アハッとおどけて見せる美穂。
それは、逃げていた自分に気付き、それでも目を反らしてきた事実を一笑するかのようだった。
「でもさ……いくら志穂より好き勝手やってても、偽物の解放感? みたいな感じなんだよね……」
渡り廊下に出ると、夏の残り香がそっと吹き抜けっていった。
「そこで久遠くんのお出ましってわけ」
「はあ……」
間の抜けた声を洩らす悠。
話の関連性が全く把握できない。
「あの日……久遠くんに足を踏まれたあの日……私、怒ってたわけ。そりゃもうずーっと。踏んづけ返してやろうとした一撃をまんまと避けられて、とーってもムカついて……」
更に階段を上っていく二人。
「気付いたら……一日中、久遠くんのこと考えてた。劣等感も忘れるくらい……」
そこには空が広がっていた。
南中高度から少し西へ逸れた太陽が輝く、大きな空が。
「ほら、あの時怒鳴ったでしょ? さっきみたいに。あれでなんかスカーッとしたんだよね。ま、代わりにムカムカした日になったけど」
どちらともなく清々しい青い空を眺めいた。
「でも、それだけじゃない……」
「ん?」
「サークルに入って、私、わかったの。志穂は志穂なりの苦悩があることも」
先程とは違う、自然な笑みが美穂から溢れ落ちた。
「私にしか出来ないことも……それを教えてくれたのは、久遠くん。あなたなの」
彼女は頬を赤くして、照れ臭そうに毛先を指に絡めつけている。
「あなたがいたからサークルが出来て、あなたを好きになったからそれに入って……志穂があなたを好きだから、私たちはまた笑い合える……」
彼女の顔は更に紅潮し、瞳は潤みを帯び始めていた。
「久遠くん……」
彼の胴体に腕を絡め、彼女は顔をグッと近付けた。
「好き……」
触れ合う唇。
学園祭の準備に追われる校内からは賑やかな喧騒が溢れ出し、それは屋上にも届いている。
だが接吻を交わす二人の空間には、とても穏やかな時が流れていた。