神アプリ 35
駅ビル界隈にある飲食店が並んだ通りから少し路地裏に入った場所を3人の女子大生が歩いていた。
「にゃはは〜……ねぇ見てサトミィ〜、星があんなに光ってる〜……
」
「あれ、ただの街灯だから」
「知代飲み過ぎぃ」
路地裏にあった居酒屋に突撃した結果、覚束無い足取りの知代に里美と恵理が肩を貸すという事態に陥っていた。
「これがなかったら男直ぐにできると思うんだけど」
「そうかな? これはこれでアリなんじゃない?」
「ハハーン、じゃあ私も来月の今頃にはこんなヘベレケになれるように頑張るー」
「ちょ、ちょっと、里美までこんなになっちゃったら介抱するのが私だけになっちゃうじゃんっ」
恵理はその未来を想像して血相を変えた。
「へへ、見てあれ。提灯がぶら下がってる〜っ。超ウケるんだけどっ」
「あ、知代っ……」
向こうの店の軒先に見える提灯へ、千鳥足の知代が曲がるはずの十字路を千鳥足で直進していく。
しかし大通りの方から5人の男グループが入ってきて、知代はその中の一人にぶつかり、倒れた。
「ちょ、知代っ!?」
慌てて駆け寄る里美と恵理は、ほげー、と呻いている知代の半身を抱き起こした。
それから里美がハッとして、男らの方に顔を向ける。だが、彼女の謝罪の言葉を遮るように、男らの一人がズイと顔を近付けていた。
「まずこっちの心配じゃね?」
(ヤバい……)
里美は本能的に悟る。所謂チャラい感じのDQNな5人が、値踏みするように彼女らを視線で舐めている。
「この服高いんだよね〜」
と、1人がダメージジーンズの表面をパサパサと手で払うような仕草を見せる。
「で、どう弁償してくれんのかね?」
ニヤニヤしている男の後ろで、2人の男が獣の目を恵美に向けている。別の2人は知代の足に目を細めている。
「ちょっとぶつかっただけじゃないっ。大袈裟〜」
アハハ、と引き攣った笑みで収集を謀る里美だったが、彼女の細い手首がへし折らんばかりの剛力で掴まれると、その笑みが苦痛の表情に変わっていた。
「ああ?」
「痛い! 離して!」
(ヤバい! マジでヤバいから!)
男の手は振り解けず里美の腕だけが宙にしなる。
残り4人がいやらしい笑みを浮かべながら躙り寄ってくる。
(誰か……どうして誰も通らないのっ……)
里美は腕を引きながら辺りを見回す。夜の帳を散らすネオンの中に、一縷の光を探して。そして、青フレームのレンズ越しに奇跡を見付けた。
鬼気迫る状況に頭が働かず、声が先に意思を持ち、飛び出していく。
「お隣なりさん! お隣なりさん!」
「へ?」
7人の女子大生を引き連れてホテル街に入ろうとしていた五十嵐翔真は、不思議な叫び声を聞いて顔を横へ向けていた。
「何やってんだ、あれ?」
5人のチャラいDQN系の男らと3人の女の子が一悶着しているような様子だった。女の子の一人は地べたに座り込み、彼女の肩を抱いている一人が男らに弱い睨みを聞かせて、後の一人は手首を掴まれている。5人の男らは下卑た笑みを浮かべて彼女らに詰め寄っていた。
「あれは……」
手首を掴まれている女の子が彼に向かって叫んでいる。童顔に青フレームの眼鏡を掛ける彼女の容貌を、翔真の超視力が暗がりの路地裏でもはっきりと捉えていた。
「お隣さん……?」
「あれって絡まれてるんじゃないかな……」
気の毒という声色で綾子が呟く。
「絡まれてる……」
俄には信じられないかったが、彼の超聴覚が彼の意識を向けた先の声を今度は確かに拾った。
「助けてお隣さ──」
里美の目の前に、黒い塊が飛んでくる。
それは里美と男の間に入り込み、
「ぐぼほっ……」
男は宙に舞っていた。
細い手首から剛力の枷が外れる。
サラッと揺れた彼女の茶色い髪が背中へ落ち着いていく。
体を「く」の字曲げて宙に舞った男が、背中から地面に落ちた。
(な、に……?)
向こうにいたはずの“お隣さん”が腰を低くして自分の前にいる。果してこの3秒ほどの間に一体何があったのか頭がついていっていない。ただ事実として、手首を掴んでいた男が今は地面でのびている。
「あんだテメェ?」
4人になってしまった中の1人が、思い出したようにメンチを切った。
「ランデブーの邪魔してんじゃねぇよ!」
また1人、指をポキポキ鳴らして“お隣さん”を睨んだ。