神アプリ 271
ダイニングキッチンと同じ空間にあるリビング。おそらく一般的な構造であろうその空間で、6人の老若男女が談話していた。
「それにしても結婚とはめでたい。こいつはなかなか踏ん切りを付けおらんかったからなあ」
「一家の柱として相応しい男になるのを待っていただけだ」
ムスッとしている翔真の父親。厳格で扱い辛い彼とは対照的に、彼の父親、つまり翔真の祖父は仏のように表情が柔和だった。
祖母の方もやはり同じ。
一体どちらに似たのか不思議に思えるほど祖父母は取っ付き易い。
「慎重に考えすぎる節があるからなあ。お陰でいつになったら孫に会わせてもらえるのか不安だった……」
「もういいだろ。今こうしてそれも叶っているんだ」
「そうだな。それで、式はいつ頃挙げるんだ?」
「12月に考えてるよ」
和彦は面映ゆそうに頬を掻く。
「そうかそうか。生きてる間に曾孫の顔も見ておきたいものだ……」
「ははは、頑張るよ」
和彦の返事に祖父母揃って嬉しそうに頷く。
父親の方も珍しく、母親と並んで頬を緩めていた。
「で、翔真。俺にお土産は?」
話題転換期と見計らい、照れ臭いのもあって、和彦は翔真にふった。
「ねーよ。そもそもあれ、同窓会であったゲームの景品だから」
あれとは見るからに女性ものと分かる財布のこと。
これはゲームの景品などではなく、実物化機能で出現させたものでもなく、購入したものだった。
そもそも紙袋が必要だから用意したもので、財布の入った紙袋の中にはさらに小さな包みを入れてある。
それをプレゼントされた彩月は翔真が顎をしゃくるのを見て、「財布の中身を移してくる」と客間の方へ引っ込んでいた。
「同窓会か。お前、遊んでる余裕あるのか?」
「就職はどうなった?」
ニヤニヤして言う和彦に続いて父親の方も翔真を睨む。
一方で翔真は余裕で、面倒臭そうにダイニングテーブルに頬杖を付いた。
「内定ならもらった」
「マジか? どこだよ?」
「高校」
「高校? 教師か? あれって内定とかあるのか? どこかに登録して呼ばれるもんじゃなかったっけ?」
「さあ? 授業をするんじゃなくて事務方っぽいのだから教職とはシステムが違うんじゃない?」
「なんだそのテキトーな言い種は! 働くということがどういうことなのか分かっているのか!?」
リビングの方にいる父親がダン! とテーブルを叩く。距離がなければ掴みかからんばかりの威勢だ。
「自分の中でイメージはできてる。ヤル気がないわけじゃない。給料をもらうからにはできることは全力で取り組んで、楽しむさ。長く続けるつもりだし。まあ就職が決まったんだからさ、怒るより喜んでくれよ」
「そ、そうだな……おめでとう」
腰を落ち着かせる父親。
翔真はもう当たり前のように言葉の中に命令意思を含ませることができるようになっている。
父親を宥める体勢になっていた和彦も脱力し、背もたれに身を預けた。
そのポス、という空気が抜けたような音とリビングのドアが開いたのはほぼ同じタイミングだった。
「ねえ翔真くん、これ高かったんじゃない? 手触りが全然違うから」
ソフトな光沢を放つ素材は上品な手触り。名の知れたブランドの代物なのでそれなりの値段はすると予想はできるものの、その黒い長財布は、その中でもワンランク上を行くと思わせるには十分な代物だった。
「ゲームの景品だったから詳しいことは聞いてないんだ。それより、どう?」
「気持ちいい。ありがと」
彩月は胸元に持ってきた財布をフニフニと摘まみながら緩めた頬を赤くして言う。ワンピースの裾から伸びた白く長い脚を微かに内側に寄せながら。
「それはもらいものなんだけどね」
「もらいものっていうか同窓会の時のゲームの景品だろ? まあなんせよ、クリスマスプレゼントの候補が一つ減ったわけだ。恨むぞ翔真」
「あちゃー、そこまで気が回らなかったわ……って、もうクリスマスの懸念かよ」
兄弟のそんなやり取りに和みが広がっていく。その中で、バッグに財布を仕舞った彩月は翔真の向かい側にある椅子に掛け、場に合わせて微笑んでいる。ただ翔真に向いている瞳はしっとりと濡れていた。
「それはもらいもの」、つまり「それ」以外は翔真が用意し、与えたもの。ワンピースの下の、桃色のショーツのさらに中にある、肉襞に包まれた紫色バイブレーターは翔真が与えたということ。事実は、それを渡すためのカモフラージュに用意した財布も彼が準備したものなのだが。
そのプレゼントが膣道をグリグリと抉り出したのは彩月がリビングに入ってきてすぐのこと。「どう?」と訊かれたことへの彼女の感想は……つまりそういうことだ。
「んんっ……」
彩月が小さく悶える。翔真のポケットで操作されたリモコンの電波をバイブが受け取り、僅かに強度を上げたから。