神アプリ 257
「これは何かのペナルティ? 15人中8人だぜ? 肩身が狭いにも程があるっ」
文字通りの意味も含めて。
「ちょ、後ろ騒ぐなっ。後で検討してやっから今は取り敢えず乾杯が先だ。もう10分も過ぎてんだぞ」
マイクを通した茂之の声が、店内の最奥にあるバーカウンターの方へ全員の注目を集める。
「何っ! それはよ言えっ。呑もうぜ呑もうぜっ」
「で、乾杯の音頭は誰がやるの?」
「俺がやる!」
「お前がやるなら俺がやるよ」
「いいや、お前らだと締まらないから俺がやる」
「え? じゃあ俺がやるよ」
「どうぞどうぞ」
男子が一斉に茂之へ手を差し伸べた。誰もが分かっていたものの、しかし会場はどっと湧いた。
「こほん。ええ……今日はお集まりいただき、ありがとうございます。今宵はみんな、大人になった同級生と過去や今や未来の話に花を咲かそうではありませんか。あ、羽目を外しすぎないように頼むぞ! では、乾杯!」
「乾杯!」
そしてあちこちでグラスが触れ合う音が鳴った。
「──って、早っ!」
グラスを置いた翔真が煙草に手を伸ばしたその横に空っぽのグラスが置かれ、彼は目を丸くした。
「俺ビールが飲みたいからさ」
横の友人が得意気に言う。グラス交換制なので、追加を頼むにはグラスを空けなければならなかった。
「そっちは口付けてないな。弱いのか? 乾杯の時くらいクイっていっとけよ」
「ふふん、誰が弱いって?」
煙草を後回しに、翔真はグラスを一息に空ける。
「おお〜……」
と意味不明な感嘆が喫煙席から上がった。
「はい、次お前」
「カクテルなんてジュースだろ」
別の友人が煽られ、ジントニックを一気に飲み干す。
そしてまた意味不明などよめき。
「よっしゃ、次俺な」
そう言った別の友人がカシスオレンジを流し込む。
「みんな飛ばすなあ」
と翔真は半ば飽きれつつも、表情はにこやかに綻んでいる。男同士のノリが懐かしく、今をそれなりに楽しんでいた。
「何か入れてこようか?」
上機嫌にケラケラ笑っていると、横からそう声をかけられた。ビールの方がいいと言った彼だ。
「おう、悪いな」
「いいっていいって。お前の役に立てるなら光栄だよ」
その一言が翔真と彼との関係を物語る。正確には、翔真と彼らとの関係を。会場に入り翔真の姿を認めた瞬間から明確な上下が存在している。
「何がいい?」
「お前のと一緒でよろしく」
「了解したっ」
彼は茶化すように言い、席を立った。
1人が離れただけではヤローの悪ノリは止まらない。入り口の方で異様な盛り上がりを見せており、騒ぎ声が大きくなると他の席の数人が何事かと目を向ける。
「ったく……男子っていつまで経ってもああなのかな……」
井上明美(いのうえあけみ)は視線を喫煙席に向けたまま頬杖を付いた。中途半端に掻き上げられたショートボブの髪は艶が出やすいアッシュブラウンに染まっていて、店内の薄暗い照明にも光を弾いていた。
「男っていつまでも子どもって言わない?」
「ああ〜言う言う。もうちょっと落ち着いて欲しいよねぇ……だけど──」
明美の瞳が恋情に蕩けた。
「──五十嵐くんがああしてはしゃいでると、なんだか可愛く思えちゃう……」
「はあ? 明美?」
「それでいて煙草って……あ、ほらほら、ジッポをチャキンてやってるっ。煙草の先に手ぇ添えて火を点けるところ……カッコいい……」
「わざわざそんな話して……何か恨みでもあるの?」
返された声色が刺々しい。
明美は場を繕うように隣の人物にしなだれかかった。
「やだぁ、そんなわけないじゃあん。もう別れたんでしょ?」
「うん、別れたときに電話したよね?」
「もらったもらった。一応訊くけどさ、よりを戻したってことはないんだよね?」
「そうなったらそなったで親友の明美には電話してると思うけど」
「だよねぇ……じゃあ今日私が五十嵐くんにお持ち帰りされても問題ないよね? ね?」
「何さっきから。からかってるの?」
ついに小笠原由紀(おがさわらゆき)の様子が穏やかでなくなる。声色にも不快感が表れている。
だから明美は真顔で言った。
「本気」
真剣な眼差しに由紀は口を噤まざるを得ない。
「由紀、よりを戻してないんだよね? 今は“元”彼女でしょ? じゃあ何も問題ないよね? むしろ応援してくれるでしょ?」
「う、うん……」
まるで捲し立てるように迫る明美に由紀は圧倒され、コクコクと首を縦に振っていた。
途端、明美の表情が明るいものへ戻る。
「やあんっ、ありがと〜。やっぱり持つべきものは友だちだよねっ。好きな人の元カノのっ」
「それかなり限定的じゃない?」
「へへ、そうかも」
あまりの変わりように本気なんだと確信し、由紀は自分の立場を前向きに捉え始めていた。
「でさ、単刀直入にどう思う? 今日の私、五十嵐くん落とせそう? お世辞抜きに」