神アプリ 14
「あんっ……んふう、ううん……」
細かな痙攣を起こしていた千夏が我慢できないと言わんばかりに陰茎を咥え込み、鼻息を甘くならして頭を揺らす。彼女がこれほどまでに自分の身体を求めているのは発情≠ェONになっているからだと容易に察しが付いた。
発情≠ェONになっている女の子はマスターである自分の半径1メートル以内に入れるだけであっという間に発情する。程度はおそらく最大であろうし、求める身体も自分のものだろう。つまり自分だけにこれだけ淫らに乱れるようになると考えられる。
性行に関する発情≠ニいう項目が陰萎≠ノ変わっているのだから、陰萎というのは性行に関わることだろうと想像ができた。しかしその意味は分からない。
(後でググるか)
セミロングの髪を掻き上げ剛直を口に入れてうっとりとしながら上目遣いを向ける千夏の顔と自分の顔との間にスマホを持ち、俊明の設定に入る翔真。千夏の頭が揺れていることが、視覚では何となくしか分からないが口内粘膜がゆっくり肉幹を往復する快感からはよく分かった。
近代文学の分野においてそこそこ有名だという教授がマイクを用いて講義を行っている。広い教室内に教授の声が響いている中でも大半の学生は机に突っ伏しており、講義への興味のなさをアピールしていた。
作田俊明もその一人だ。いつもは恋人の猪瀬千夏と一緒に受けており、出席だけを確保して、90分という暇な時間をキラキラ輝かせているのだが、今日は彼女の姿がない。連絡もなければメールもラインも返ってこず、事故に遭った可能性まで考えているのだが、どうアクションを起こしたらいいのか分からなかった。
「はあ〜……」
出るのは溜め息ばかりだった。一体何処で何をしているのかせめて連絡くらい寄越して欲しい。耳障りな教授の声を拒絶するように顔を埋め、スマホに神経を注いでいた。
(あっ!)
祈りが通じたのか、千夏からラインメッセージが返ってきた。今から電話するという内容だった。
(え……?)
と思っている内にスマホがブルブル震えて着信を報せる。表示させている名前はちぃ=Bつまり千夏からの着信を受けている。
彼は慌てて途中退室し、外へ向かいながら通話ボタンを押した。
「もしもし? ちぃ? どうした? もう一時間も過ぎてんぞ?」
連絡があったことには安堵していた。それが微かに怒りを呼び、不思議に思う段階で止まる。
何故来ないのか。来ないなら来ないでもっと早くに連絡をくれればいいものを。こっちは千夏が来るのを今か今かと待っているのに。
そんな不満を持ち始める彼だったが、まさか男の声が返ってくるとは思ってもみなかった。
「もしもし。作田さんですか?」
「は?」
外へ出る直前で俊明の足が止まった。
千夏からの電話に出れば男の声が返ってきた。つまり電話の相手の男は千夏のスマホを持っている。それが意味することは何なのか……。
気になるのは沈黙の間もやまない音。微かだが確かにニチョニチョと粘質な水音が聞こえる。
「お前誰だ? 何でちぃのスマホ持ってんだ? オイ!」
「ぁぁぁ……」
質問に女の濡れた声が返ってくる。聞こえた、というべきだろうか。遠くに聞こえる水音に女の蕩けた声が溶け込んだのだ。
今のこの状況において、その女とは彼女だとしか考えられない。他にも幾つかの可能性が思い浮かびそうだが血が昇った頭ではなかなか難しい。
「テメェ! 千夏に変なことしてねーだろうな!?」
「ホテルに行きたいから金が欲しいんだけど」
(は……?)
男に何を言われたのか直ぐには理解できなかった。しかし神経を逆撫でされたと気付き、ドッと血が沸いた。
「ふざけんなテメェ! ぶっ殺すぞ!」
声が返ってこない。ノイズも聞こえない。相手はスマホを耳にあてたまま沈黙しているようで、聞きたくもない淫靡な音声だけが遠くから響いてくる。
「オイ聞いてんのか!? ぶっ殺すって言ってんだ! 今何処だ!! 今直ぐ殺しに行ってやる!」
「うるさいな……」
「ああ!? テメェマジで──」
「はあああんっ!」
言い募ろうする寸前、遠くにあったはずの嬌声が耳元まで迫り、俊明は言葉を失っていた。
「あああ……トシくんっ、トシくんっ……」
その愛称で俊明を呼ぶのは千夏しかいない。だが彼を呼ぶ声はとても助けを求めているようには聞こえず、聞いたこともないほど甘く蕩けていた。
「ちぃ……? お前何して──」
「ああ、あん! 気持ちいいっ、気持ちいいですううう……」
またしても嬌声が響き、俊明は言葉を呑まざるを得なかった。