オッパイ・シティ 37
「………きて、マーちゃん起きて」
気付いた時には身体を揺すられていた。
「んんっ?」
「ああ、マーちゃん起きた?」
目覚めると制服姿の楓と千歳がいた。
「あれ?此処は?」
「指導室です」
「ああ、そうか」
千歳の答えに状況を思い出す。しかし、先生達が居ない。
「先生達は?」
「職員室です」
「マーちゃん。急いでシャワーを浴びて。夏越先生が車で送ってくれるって」
「もう、そんな時間か?」
「もう放課後だよ。さあ、急いで」
「本来なら、お背中を流したいのですが、夏越先生に1人で入らせろと言われまして」
「は?」
「『また、盛り出すから止めろ』だそうです」
2人は顔をほんのり赤くした。
……まあ、否定は出来ないな。
俺は急いでシャワーを浴びた。制服を着たところで先生2人がやって来た。
「準備は出来てるか、ならサッサと行くぞ」
俺達5人は指導室を出て夏越先生の車に向かった。
「帰る前にどっかで食事にするが良いな?私達の奢りだ」
「良いんですか?」
「遠慮しなくていいわよ」
「そうだ、今日は実に気分が良い。お前のお陰でな」
成る程。俺の身体で気分スッキリの礼か。
車に辿り着き、夏越先生が運転席に。有川先生が助手席に。俺を挟んで楓と千歳が後部座席に座る。車が走り出したところで俺は先生達に問う。
「ところでこんな時間まで指導室にいて大丈夫だったんですか?」
学生がサボる分には他人に実害は無いが、教師は授業があるからマズイと思うのだが。
「それこそ伊佐美とか、他の先生方が怒鳴り込んで来てもおかしく無いんじゃ?」
「心配は無いわ。流石に無断欠勤はマズイけど、連絡はしてたから」
「あの伊佐美でも教師相手に指導室には乗り込めんさ。そもそも鍵が無いしな。そして、他の教師連中ならどうにでもなる」
「夏越先生が相手じゃ無理です」
「うん」
「そうよね」
千歳の発言を即座に肯定する楓と有川先生。
あまりの納得ぶりに転校したての俺は思わず敬語で聞いてみた。
「あのー・・・夏越先生って風紀委員の顧問か何かやってらっしゃるんですか?」
「あんなめんどくさいもん、やってない」
「じゃあ・・・なんで?」
「・・・聞きたいか?」
・・・なぜだろう。エアコン入ってないはずなのに、車内の空気の温度が下がったような気がした。
そもそも今の妙な『間』は何だったのでしょうか・・・?
頭の中で何かが『コレ以上踏ミ込マナイホウガイイヨ』と最大音量で警報を鳴らしているのがわかる。
そんな俺に、両隣に座っていた楓と千歳がほぼ同時にその手を肩に置いた。
「・・・・・・(ぷるぷる)」
「・・・・・・(プルプル)」
そしてただ黙って首を振る。
・・・うん、わかった。これは聞かないほうがいいことなんだね。
一瞬ですべてを理解した俺は、不自然なくらいイイ笑顔を浮かべてこう言った。
「いえ、やっぱりいいです」
「そうか。そうだな。おまえのような子供は知らないほうがいい。うん、そのほうがいいよな・・・?」
なぜ疑問形?自分に言い聞かせてるわけじゃないの・・・?
俺は踏み込んではいけない大人の世界を前に、そんなことを考えるのであった。
「夏越先生の素晴らしい人望、人徳によるもの。としておきます」
「うむ、分かっているじゃないか。これからもヨロシク頼むぞ」
「は、はい」
………触らぬ神に祟りなしだな。
その後、食事を済ませてから、全員、家まで送ってもらった。そして俺は、今日の件も含めて、明日は大変だろうなと不安になりつつも、疲れた身体を回復させる為にサッサと寝たのだった。
しかし翌日、学校では、
『転校生(俺)は夏越先生のお気に入りで、手を出すと酷い目に合う』
という噂が流れ、何人もの女子に熱い視線を向けられるものの、直接アタックしてくる者は居らず、何事も無く過ごす事が出来そうだ。夏越先生に連れ出されてから教室に帰って来なかった事に対して、伊佐美に絡まれたり、クラスの女子に質問攻めにされるかと思っていた俺は夏越先生の影響力に驚かされ、あの人に目を付けられた事は、幸運だったのか、不運だったのか悩む事になった。