参謀ディオン・ファントスの一生 6
今回さして活躍の少ない騎兵隊の為にかなり不満げだったカルラであったが、ディオンの『秘密兵器を出さずに済んだ』の一言で少しばかり溜飲を下げている。
だが、奮戦した砲兵隊・・・
イリーナが『よくやったね』と頭を撫でて貰ったのを見て、心がざわめきモヤモヤするのを感じていた。
「全く、参謀殿の頭の中はどうなってんですかねぇ」
「ああ全くだね!、あたしにも分かんないよ!」
多少むくれ気味でそう言うのは、心の内のせいか・・・
彼女達の噂の主は、更に先で主君と馬を並べていた。
「やれやれだな、ディオン」
幾分くだけた口調でアルベルト太子がディオンに言う。
公私はわきまえる二人だが、アルベルトにとっては弟のような存在である。
ただ、この抜擢も公私濫用と取られ兼ねない事を案じて振る舞っていただけだ。
「ディオンを無事に帰せたから、私はあの二人の娘に殺されずに済んだよ」
「からかわないでくださいっ!」
茶化すアルベルトに困った顔のディオン。
微笑ましい主従に事情を知る側近達は微笑みを漏らす。
それはディオンの副官エルミナもそうだが、笑顔を張り付かせたまま彼女の目は笑っていなかった。
そして隊列は宮殿に入り彼等は下馬する。
そこに待ち構えていたのはドレス姿の美少女二人だった。
「お兄様!、ディオン!」
そう呼んだのは公女マリアンナ・ファン・オルタンス。
当年16歳のアルベルトの妹だ。
「お帰りなさいませ、殿下、ディオン」
そしてもう一人はマクシアム伯令嬢クレア・ファン・オルタンス。
マクシアム伯の娘でアルベルトにとっては従妹となる。
「姫様、お嬢様、ご機嫌麗しく・・・」
ややディオンの顔は引き釣り、アルベルトはニヤニヤと彼を見る。
そしてマリアンナとクレアは魅力的な笑顔だが、たまに二人か火花の出そうな視線を交わしあっていた。
そして、ディオンの後ろに立つエルミナは周囲を凍りつかすような笑顔であった。
「ディオン、エスコートしてくださるかしら?」
そう言ってディオンに向かって右手を差し出すマリアンナ。
「あら公女殿下ったら、抜け駆けはよしてくださいな。ディオン、私をエスコートしてくださいますわよね?」
負けじとクレアも右手を差し出す。
「え、えぇと……」
二人の少女に詰め寄られディオンは困ってしまう。
アルベルトは茶化すように言った。
「フフン……持てる男は辛いなぁ〜、ディオン?」
「で、殿下ぁ……からかわないで助けてくださいよぉ〜」
「そうはいくか。マリアンナか、クレアか、観念してどらちかを選べ」
「そうよディオン!私を…!」
「いいえ!私です…!」
「う、うぅ〜……」
ディオンはしばらくウンウン唸っていたが、やがて決断を下した。
「も、申し訳ございませんが、どちらかお一人を選ぶ事は出来ませんので……ひ、一人で参ります!」
「「えぇぇっ!!?」」
これには二人の姫も開いた口が塞がらない。
「アッハッハッ!何ともディオンらしい……」
アルベルトは腹を抱えて笑った。
因みに大陸では一夫多妻は当たり前であるし、上流階級や高級軍人なら尚更当たり前だ。
本来両方でもいい筈なのだが、かなりディオンが奥手なのをアルベルトがからかって選ばせているだけなのだ。
「全く・・・ディオン様らしいですわ・・・」
先に一人で逃げ出すディオンの背中を笑顔で見送るエルミナだが・・・
その瞳には地獄の業火のようなものが宿っているのだった。
その夜は戦勝のパーティが開かれ、上級士官や貴族達は宮殿での晩餐会、下士官や兵卒達は御下賜の酒や肴での宴会に酔いしれていた。
その宴もたけなわな頃・・・
会場を抜けだした男達が一室にて集まっていた。
「一つの山場は越えたか・・・」
そう言葉を発したのは、現大公トマス・カール・ファン・オルタネス。
アルベルトやマリアンヌの父である。
「はっ、間髪入れず使者を出す頃合いかと・・・」
そう答えたのは公国宰相フラウム。
先代から仕える老練な政治家だ。
「なぁ、フリッツよ・・・何年持つと思う?」
「あの皇帝は諦めますまいな・・・すぐに何か仕掛けてくるでしょうな」
フリッツと呼ばれたのは、フリッツ・シュタイン・ファン・オルタネス。
その爵位からマクシアム伯と呼ばれている。
クレアの父であり、ディオンやアルベルトにとっては師匠と言える存在だ。
この三人こそ、オルタネス公国の首脳部。
辺境の小国をこの三人が大きくしてきたとも言える。
「賠償金払って負けておくか・・・」
「兄上にしてはいい考えかと」
ため息混じりにそう言う大公にマクシアム伯がそう返すと、大公は眉を寄せて『どう言う事だ!』と怒って見せ、宰相に至っては吹き出す。
こんな関係で国を動かしてきたのだろう・・・
『しばしば突拍子も無いことを思いつく』と言われる大公だが、決して馬鹿では無いし、転んでもただでは起きないしぶとさもある。
「では賠償金を試算し、使者を早急に送りましょう」
「うむ、頼んだぞ宰相・・・それとな」
宰相の言葉に頷いた大公だったが、思いついたように言葉を続ける。
「和睦の後、公国議会に儂を糾弾させるよう取り計らっておいてくれ」