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参謀ディオン・ファントスの一生
官能リレー小説 - 戦争

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参謀ディオン・ファントスの一生 4

大砲の命中率は鉄砲処ではなく低い。
動いている対象に当てるのは不可能と言ってよく、おおよその位置にしか当たらない。
海上ではガレー船による接舷攻撃からようやく大砲による砲撃戦が主流となりつつあるが、それはあくまで的の大きな船での話。
対象の小さく動きの速い陸上においては野戦に使われる事はまず無く、使われるのは攻城兵器としてであった。

しかも着弾範囲しかダメージにならず、普通なら鉄砲より殺傷力の低いと言われてる筈・・・
だが、撃ち込まれた騎兵隊は大混乱に陥っていたのだ。

理由は簡単、馬である。
確かに訓練された軍馬は並大抵の事では驚かない。
だが、元来は臆病な生き物。
想定外の大音響に馬がパニックを起こしてしまったのだ。
騎手を振り落とし暴走する軍馬達。
弾に当たる不幸なものより圧倒的にそれが多かった。

その混乱する騎兵隊に塹壕からの銃撃も襲いかかる。
数としては少ないものの、混乱を助長するのには十分だった。

「そんな馬鹿な……!!」
「まさか大砲を……あんな使い方をするなんて……考えられない!非常識にも程がある!!」
用兵の常識を完全に無視した戦法に帝国軍の指揮官達は驚き頭を抱えていた。
それに対してソフィーリアは冷静な表情を崩す事無く静かに言う。
「戦争に常識など無い……」
だが彼女を良く見れば指揮杖を握り締める手は小刻みに震え、表情は引きつっていた。

 ちなみにもし戦争に常識という物があるとすれば、先にそれを打ち壊したのは彼女ら率いる帝国軍である。
というのもそれ以前の戦争というのは動員兵数も限られた中〜小規模の会戦や野戦を複数回行い、何となく優劣が定まってきた所で和平交渉を始める……という中世からの形式を引き継いだ物であった。
それに対してソフィーリア率いる帝国軍の戦い方は、たった一回の会戦で敵軍を完膚無きまでに壊滅させる……というそれまでには無い物だったのだ。

 なぜそんな事が可能になったのかというと、帝国が他国に先駆けて行った軍制改革の結果である。
それまでのアルサス大陸各国の軍といえば金で雇った傭兵が主体だった。
傭兵は士気が低く、国の財政次第で雇える数にも制限が付く。
これに対し帝国は広大な国内の全土に徴兵制を布き、徴集した自国民を兵士に育て上げたのである。
結果、士気も忠誠心も高い大兵力の動員が可能となった。
元が農民や町人なので練度の面では戦いのプロの傭兵には劣る。
しかし、適当に戦ったフリをしておいて戦況が不利になったら逃げようと考えているプロ100人と、国のために命を懸けて本気で戦おうと考えている素人1000人が戦ったらどうなるか……結果は史実が証明してくれた……後者の大勝利である。
かくしてアルティレニア帝国は各方面で連戦連勝……領土を拡大し、各国も慌てて帝国に倣った軍制改革を行っている真っ最中であった……。

 ……話を戻そう。
虎の子胸甲騎兵隊を目の前で壊滅させられたソフィーリア皇女は一瞬目を閉じて逡巡したようであったが、やがて決意して部下に命じた。
「……退却だ。ラッパ手!退却ラッパを吹け!」
「ええ!?」
「で、殿下!!本気ですか!?」
「まだ戦いは始まったばかりです!勝負はこれからですぞ!?」
慌てて意見する参謀達……だが皇女将軍の考えは変わらない。
彼女は公国軍の塹壕陣地を指して言った。
「お前達には解らないか? あの陣には死角が無い。まさしく戦場の真ん中に小さな要塞が出現したような物だ。……確かに今いる全兵力を投じればあの陣を打ち破る事は可能かも知れん。だが我々も間違い無く壊滅的打撃を受けるだろう。それだけあの陣は固い。それは我が望みとする所ではない。それよりもここは一旦退いて、改めてもっと地の利の良い場所で戦いを挑むべきだ。指揮官たるもの危険な賭けはすべきではない。お前達も士官学校でそう教わらなかったか?」
「「……」」
参謀達は返す言葉も無かった。
一人がようやく口を開く。
「し、しかし殿下、よろしいのですか? 退くという事は……」
「……ああ、この戦いが私の初めての負け戦だ。だが血気にはやって冷静さを失い軍を壊滅させたという汚名を受けるよりは遥かに良い……今一度言う、ここは退くぞ!」
「「ははぁ!!」」

そして退却を伝えるラッパが戦場に鳴り響いた……。

そのラッパは公国軍指令天幕まで聞こえていた。

「聡明な皇女で大助かりだな、ファントス少佐」
「はい、全くです・・・」

アルベルトは肩をすくめ、ディオンは息を大きく吐きながら互いに安堵の笑みを見せた。
ある程度の皇女の思考を読んだ上での布陣。
聡明だからこそ消耗戦を避けるだとうとの読みで戦いを進めてきた主従だ。
もし、強引に力押しする将軍であれば、この戦術でも兵力差でやられていただろう・・・

「全軍に命ずる・・・追撃は禁物、敵陣が戦場を離れるまで歩兵隊は塹壕待機、騎兵隊は御詰めとして待機」
「はっ!、かしこまりました!」

アルベルトが伝令に指示を出す。
とりあえずディオンの仕事は終わったと言っていい。

「負けなかった、これで我々の仕事は終わりだ・・・後は叔父上と宰相閣下がどうにかするだろうさ」

アルベルトはドカッと椅子に身を投げ出すように座る。
無責任とも取れるような言葉だが、この先は政治の仕事だ。
太子としての執政権はあるが、彼がとやかく言わずとも後方で構える政治家達がどうにかしてしまうだろう。

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