参謀ディオン・ファントスの一生 20
一曲目のカドリールは既にスタートし、中央では今夜のメインでもあるアルベルトとシャルロットの二人が先鞭をつけるように踊り始めている。
多少浮かない顔の美しい貴婦人・・・つまりソフィーリアも、そのダンスに思わず感嘆の声を漏らす。
(姉様が楽しそう・・・悔しいが、巧いな・・・)
シャルロットもダンスは巧みだが、アルベルトも帝国上流貴族に混じっても遜色のない程に優雅なダンスを見せていた。
これは田舎貴族と侮る帝国貴族達も認めざるを得ないだろう。
姉が何故彼を選んだか・・・
確かに戦場での指揮能力はソフィーリアをして同等かそれ以上として敬意を持つレベルだ。
しかし、それだけではない部分で、姉は彼を認めたのだろう。
たかがダンスであるが、そのダンスの中にも様々なものが見えるソフィーリアにとってはある意味、認めざるを得ない事であった。
「お待たせしました殿下・・・」
そこへ恭しい礼を取るオットリオ子爵が連れてきた青年の顔を見たソフィーリアが目を見開く。
「お主・・・男であったか・・・」
「よく言われますが男です・・・」
顔は良く覚えている。
美しい少女がなんとも凄い作戦を立てるものだと誤解していたが・・・
そう言えば姓も一緒である。
領主である伯爵以上なら土地名を号するのだが、下級貴族となる男爵や子爵は氏名だ。
そう考えれば分かりそうなものだが、女だと誤解していたソフィーリアは全くそこまで考えていなかったのだ。
「ふふ、稀代の名軍師と踊れるなら光栄だ」
ソフィーリアも機嫌を直し笑顔になる。
「買いかぶりですよ・・・我が主の指揮があってこそです」
謙遜でなく、ディオンも自分の作戦を生かしてるのは何かが分かってる。
そんな純朴さが伝わってきたのか、ソフィーリアも優しい目になる。
「ふふ、いい男だ気にいった・・・ではお願いしようか」
「はい、こちらこそ」
ディオンはソフィーリアの手を取る。
このやり取りが二人の最初の直接の対話であったのだ。
カドリールも半ばを過ぎ、何組もの男女が踊る。
このような舞踏会は男女のお見合いの場になるし、華を添えると言う意味もあって帝国貴族の子弟も多く参加している。
殆どが周囲を感嘆させるような巧みなダンスを行う中、注目を集めたのは2組だった。
1組はアルベルトとシャルロット。
優雅で華麗な2人は、この舞踏会に華を持たせていたのだ。
「太子殿下、素晴らしいですわ・・・こんな楽しいダンスは久しぶりです」
「光栄ですな・・・私も楽しませて頂いてます、皇女殿下」
こんな舞踏会も政治の場であり戦場である。
楽しみながらも互いに探るような雰囲気。
「踊り子の娘故に、こんな才しかございませんが・・・」
「何をおっしゃる・・・ならば我が家系は盗賊の裔ですよ」
アルベルトの器量を図るような言葉にも笑顔で返す。
盗賊の末裔とは言い過ぎだが、オルタンスの建国は小領主であった初代大公が武力で共和制都市国家リューベルクを制圧したのが始まりだった。
当時の小領主は山賊まがいも多かったとも言われ、彼の言う事は多少大げさでも嘘でもない。
そのような駆け引きもある2人と違い、もう一組はと言うと・・・
表面上は上手に踊っているディオンとソフィーリアだったが、これはソフィーリアが絶妙にリードして上手く踊っているように見せているのが事実だった。
基本、社交界と言うのが好きでないソフィーリアは、舞踏会でも気に食わない相手なら平気で息を合わせないとかするし、巧い相手や彼女が踊っていいと思う相手でも自分からリードなんてしない。
そもそも男性が女性をリードするものだし、皇女と言う立場だとしてもらって当たり前、息を合さないのも相手が悪いで済む訳だ。
それが、割と必死にソフィーリアがディオンをリードしていた。
自分でも初めてなぐらい本気のダンスだった。
理由なんて分からない。
正直、ディオンのダンスレベルは下手と言っていい。
なんとか形になってる程度だ。
それをまるで教えるようにリードしているソフィーリアだったが、自分でも何故そうしてるのかがよくわからなかった。
「皇女殿下・・・申し訳ないです・・・」
「ふふ、分かってるならよいのだ・・・」
これで自分が巧いと勘違いしないのが好感を持てた。
しっかりと自分を理解できてるのは聡明な証だろう。
「ますますお主が欲しくなった」
その言葉に顔が真っ赤になるディオン。
これにはソフィーリアの心がぐらつき、彼女まで少し赤くなる。
萌えたと言う表現ができるような心のぐらつきだ。
ソフィーリアより小柄で華奢に見える美少年。
まるで美少女を男装させてるような愛らしさにやられながらもソフィーリアは言い変える。
「ちっ、違うぞ!、ぶっ、部下として欲しいのだっ!!」
真っ赤になって困った顔のディオン。
ソフィーリアはその顔も何だか可愛いと思ってしまった。
「我が主は・・・シャルロット殿下とご結婚なされ、帝国と公国は身内です・・・故に皇女殿下ともご協力できる立場です・・・」
微妙な言い回しの断り方だが、ソフィーリアは感心しきりだった。
実にいい性分だ。
ますます欲しくなったが、それが無理なのも理解できた。