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柳沼隼人の場合〜人食〜
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柳沼隼人の場合〜人食〜 3

柳沼の背中には縦に大きな傷がある。母親に包丁で切られた傷だ。柳沼の母親は一種の精神病になっていたのかもしれない、柳沼の顔を見れば殴り、自分の言ったことに反対したら蹴った。殴って、蹴って、殴って、それでも柳沼の母親の気持ちはおさまらなかった。
そのころの柳沼は同年代の少年に比べて体重は軽く、やせ細っていた。ろくに食事を与えられず、暴力を振るわれた結果だった。柳沼の母親はそれが自分の責任であるにも関わらず、そんな柳沼の哀れな姿に理不尽な怒りを覚えたのだ。抵抗する気力もなく、ただ相手の良心に自分をゆだね、怯え、媚びた目を向ける。柳沼の母親にはそれが何とも腹立たしく、自分の息子でありながら消してしまいたいとさえ思うようになっていた。そしてついに、母親はやつれた顔で台所に向かうと包丁を持ち出し、気息奄々とした息子の前に現れた。
動物が始源的な本能として持っているものに種の保護本能という物がある。人間の持つ禁忌の殆どがこの本能に起因していると言っても過言ではない。そして種の存続という意味に於いて、親が子を殺そうとする行為は、これに勝るタブーはないと言って良いだろう。
しかし、柳沼の前に立つ母親の目は本気だった。刃物を持ったその女が常軌を逸しているのは誰の目にも明らかだった。
柳沼は殺意を感じ取り、母親から逃げ出そうとした。身体は疲弊し、とても母親からは逃れられないと分かっていても、死への恐怖は柳沼を追い立て、柳沼の身体を突き動かした。
空を掴むように手をばたつかせ、母親から逃れようと背を向ける柳沼。
無抵抗と言っては強すぎ抵抗と言っては弱すぎるこの柳沼の行動は母親にしてみれば情けなく、早く、この塵を処分したいという衝動に駆らせた。柳沼は逃げた。どこまでも力の限り走った。ふいに後ろから手が出てきて柳沼の肩を掴んだ。母親に捕まった。柳沼が力の限り走れたのは、ほんの8メートル程だった。
背中に感じる鋭く、熱い焼けるような痛み…。
大量に溢れ出す血はどんどんと体温を奪い、柳沼は寒気と共に死を予感した。
頭の中ではじける苦しみと痛みと悲しみ…。
やがて苦痛が最大限に達したとき、柳沼の中でふっと痛みが途切れ、身体が浮かび上がるような浮遊感を感じた。それまでの痛みが嘘のようになくなり、薄れゆく意識の中、柳沼はそれまでに感じたことのない心地よさと安らぎを覚えた。
光に包まれ、突然意識がブラックアウトする。
次に柳沼が意識を取り戻したのは、病院の白いベッドの上だった…。

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