六花 6
「それでは寵姫にでもなって、大王が油断なさっているところを刺してしまえばよいではありませぬか。きっとその方がお父様の役に立てるというものです。武術よりも、色気の方を磨かれた方がよろしいですよ。」
言いたい放題のカナメの口を、慌てて亜理礎は塞ぐ。
「ここは王宮ぞ。どのような者が潜んでおるとも限らぬ。めったなことを言うでない。」
亜理礎はこの瑞籬宮に来て、自分の立場が芳しからぬものであることに気付いていた。
武埴安王が、今の大王に良い感情を持っていないことは、常識といって良いほど、知れ渡っている。
その娘である亜理礎に対しての、王宮の者や豪族達の目はとても冷たい。
それは、権力におもねているだけのものなのか、それとも御真木の大王(おおきみ)の人柄からなのか。
それを知りたいと亜理礎は思っていた。
「知るためには、一度会った方がいいのかもしれないな。」
人質にされるのは怖いが、虎穴に入らずんば虎子を得ず。
あたって砕けろというものなのかもしれない。
「よし、行こう。」
「それでこそ媛様です。」
媛と侍女が盛り上がって着替えを始めたところで、しかしその使者は来たのであった。
「畏れ入ります。今日、大王は急にお腹を壊されたということで、お会いできないそうです」
天皇からの使者は恭しくそれを述べた。
出鼻をくじかれた侍女と媛。
「……意外に御真木大王って、媛様に似た方なのかもしれませんね。仮病の仕方が同じとは。」
「やはり、仮病だと思うか?」
自分は仮病を使おうとしていた割に、相手に仮病を使われると面白くないものである。
亜理礎は豪奢な着物を脱ぎ捨て、簡素で動きやすい着物を出した。
「ダメです。」
カナメは慌てて、止めようとする。
しかし亜理礎は一切聞く耳を持たない。
「私はこの瑞籬宮がどのような造りになっているか、くまなく見てこようと思う。それは父上からも言われていたことじゃ。それを止めるのは、父上に背くことになるぞ。」
そう言われては、カナメも黙っているしかない。
「私もお供に……。」
「供がいると目立つ。」
「では、お約束ください。もう夜になります。決して、王宮の外にはでないと。そして王宮の中でも、必ず人のいるところをお歩きください。」
亜理礎は一つ頷くと、あてがわれていた部屋を後にした。
※※※
亜理礎の目的は、一つであった。
それは御真木の大王を見ること、である。
仮病を使われたということは、御真木大王(みまきのおおきみ)は自分に会いたくないと考えているということであろう。
それは多分、亜理礎が武埴安(たけはにやす)の娘であるから。
いつ寝首をかかれるか分らない娘とは会いたくないということだろう。
それならば、瑞籬宮に招待自体しなければよいのだ。今日、挨拶に来いなどと言わなければいいのだ。
仮病に対する文句の一つも言いつつ、御真木大王の人柄を観察に行こう。
そう亜理礎は考えていた。