六花 5
「媛さま〜。亜理礎媛さま〜っ!!」
遠くから、侍女達が呼ぶ声がした。
亜理礎は慌てて領巾(ひれ)をそちらに振った。
「こちらにいますっ!」
所在を告げると、向き直り頭を下げる。
「この地にもう少し止まります。その間、ナツメ、また色々と話を聞かせて欲しい。」
「俺は無視ですか。」
拗ねたように言う刑部に、亜理礎は大輪の華のような笑顔を見せた。
「生死を賭けての手合わせなら、いつでも受けてたちますわよ。」
そう言い捨てくるりと踵を返し、振り返ることなく亜理礎は侍女のもとへと歩いて行った。
気付くと、ちらちらと季節はずれの雪が降り出し、野の花を凍らせ始めていた。
刑部は、亜理礎の後姿を見つめながら、その雪を掌で受ける。
手の体温に雪は音もなく吸い込まれてなくなった。
「雪のような媛だったね。亜理礎媛は。」
ぽつりと呟いた。
「冷たく気高く美しいとでも言うのかい?詩人だねぇ刑部は。」
面白くなさそうにナツメは言い捨てる。
「いや、あの媛は強そうに見えて実は、雪のように儚い。放っておいたら脆く消えていく、そんな気がしたんだよ。」
あの気の強い発言の何処を見て、刑部はそう感じたのか。
ナツメは、もはや見えなくなった亜理礎の後姿をまだジッと見つめる刑部に一つ溜息をついた。
「だから気に入らないんだよ。ああいう媛は。」
ただのお嬢様で、親の言うことを聞いているような媛であれば、こんなにもナツメを不安にさせることはなかっただろう。
こんなにも、刑部を夢中にさせることもなかっただろう。
ナツメの声にならない嘆きもまた、雪に吸い込まれるかのように消えていった。
※※※
「媛様、いつも言っているじゃないですか。一人歩きはおやめくださいと。媛様になにかあれば、私は首を吊らねばなりませぬ。」
侍女の一人カナメが亜理礎に詰め寄る。
「悪かった。しかし、供の者を連れていた方が、足手まといになる。一人の方が何かあった時に戦いやすいし、戦えば私は必ず勝つし……」
「そういう問題ではありませぬ。」
「ごめん。」
カナメは乳姉妹であるため、さすがの亜理礎も頭が上がらない。
「しかも今日は御真木の大王にご挨拶に行く日ではありませぬか。お着替えあそばせ。」
既に用意を始めたカナメ。
しかしその目の前で、亜理礎はゴロリと横になった。
「きゅ、急にお腹が痛くなったっ!!」
明らかな仮病。
「ひ、め、さ、ま」
ゆっくりと、声だけでカナメが怒りをあらわにする。
「だってぇ〜御真木の大王は、好色らしいぞ。私が手篭めにされてもよいのか。」
「それはないでしょう。媛様は、ぶっとばしてしまうでしょうからね。」
カナメは笑いもせずに言う。
「さすがに私だって、大王に手をあげるようなことはできない。」