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六花
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六花 1

春の昼下がり彼は供も連れず、一人散策していた。春の強く黄色がかった風が心を浮き立たせる。何の気なしに顔を上げると、やや離れた所に女が立っていた。どこぞの豪族の媛でもあろうか、華麗な服装で身を包み、ひれで口許を覆っている。その顔はぼんやりとしており、心ここにあらずだった。彼はほんの気まぐれで彼女に近付き話しかけた。
「美目麗しき媛君、貴方にそんな顔は似合いませんよ」
しかし彼女は顔を赤らめるどころか、鋭く睨んだ。
「無礼な! わたしを武埴安王の媛、亜理礎と知ってのお言葉ですの?」
「ああァ知っておる おぬしこそが天下に名高き女侍っていうのはなァ だから一度手合わせ願いたい。それでわしが勝ったらわしと付き合ってくれんかァなに故わしは刃を交えんと告白できぬ男じゃからの」と男は言った。
「…私が剣を取るのは生死を懸ける必要のあらばこそ。戯れに用いる剣の腕など持ち合わせてはおりませぬ」
「逃げるのか、亜理礎殿ともあろう武人が?」
男のその言葉に、彼女はきっ、と鋭い視線を突き刺した。
「その挑発で頭に血が上った相手を叩きのめしてきたのでしょうね。しかし生憎この亜理礎、そのような単純な精神は持ち合わせてはおりませなんだ」
言い捨て、さっと踵を返して歩き出す。
 しかし、こいつはしつこかった。亜理礎の美貌が、よほどお気に召したのだろう。
「単純ではない、という言葉をきけば、なるほどその態度も俺への想いの裏返しかな」
 ぐい、と肩に手をかけてくるのを、
「くどい」
 亜理礎は振り払った。そのとたん、頭上の木の枝から、声が降ってきた。
「やーい、刑部め、ふられてやがんの。女ッたらしのど助平、いい気味だ」
「……棗(ナツメ)、いつからそこに?」
刑部と呼ばれた男はゆっくりと木の上を見上げる。そこには濃紺の服に身を包み、足で逆様にぶら下がる若い女の姿があった。
「ついさっき、どこかの誰かさんが媛サマにちょっかいかけた時から」
その答えに、男は大げさに眉を顰めてみせる。
「年頃の娘がそのような格好をするものではない。誤って落ちたらなんとする」

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