心恋 25
パチン…
あれから約40分後、やっとの思いで最後の書類をファイリングした。
カチカチになった肩の凝りを右手で揉みながら安堵の溜め息をつく。
「あ…」
そういえば、歓迎会どこでやってるんだっけ…。
今日はなんだかいつもよりもボーっとしてしまうなと思いつつ、携帯電話を見遣るとサイレントモードになっているディスプレイが静かに光ってるのに気付いた。
通話ボタンを押す。
「もしもし、矢野くん…?」
『ユカコさん?まだ会社にいます?残業してるって聞いたから。』
後ろではクラクションや人の声がしている。外に居るんだろうか。
「もう出るところだよ。」『じゃあ会社の前まで迎えに行きます!』
「えっ?」
『急いで行きますから!』
プツッ。ツーツーツー…。
人の返事を聞かずに切るところが矢野くんらしくて笑えた。一体何処から来るのか、どれくらいかかるのか、一切言われていない。
本当にすぐ来そうな気がしたので荷物をまとめて外に出ると、遠くからこちらへ向かってスーツでダッシュしてくる人影が見えた。
「なにも、そこまで急いで来なくてもよかったのに」
肩で息をしている矢野くんに、嬉しさを隠すために呆れ顔で言った。
「だって、待たせたくなかったから…」
呼吸を整えながらもまっすぐに私を見る瞳。
「ワンちゃんみたい」
なんて、おどけたように返してしまう私に、そりゃないっすよー!と肩を落として見せる矢野くん。
私達は共に笑い合って、くすぐったい気持ちになる。
「参りましょうか、御主人様」
と笑顔と共に差し出された手からは温もりが感じられた。
矢野くんの手は大きくて、今日一日で随分いろんなことがあったような気がするけれど、また頑張れる。そう思えた。
歓迎会の会場である居酒屋に近付くと、矢野くんはそっと手を離した。
「ホントは離したくないけど…二人だけのヒミツってことで♪」
悪戯っ子みたいな笑顔で言う矢野くんを、またワンちゃんみたいだと思った。
居酒屋に入ると、新庄さんは何故か桧山さんの隣を陣取ってはしゃいでいた。
「へぇ〜、桧山さんって左利きなんですかぁ?じゃあ手を繋いでゴハン食べれますね♪」
「はは、それじゃあ食べにくいな。それに、もう俺はそんなことできる歳じゃあないよ」
こんなときも桧山さんはやっぱり大人だった。嫌な顔ひとつしないで、新庄さんの高いテンションに対応している。
「お、二人とも来たな。先に始めてたぞ」
私たちに気が付いた桧山さんは、すぐに声をかけてくれた。
そして新庄さんもこっちに笑顔を向けて、
「あっ、せんぱ〜い。やっぱり先輩がいないと寂しかったですぅ」
さっきは思いっきり楽しそうだったのは私の見間違いじゃないはずだけど、反論はぐっと飲み込んだ。