心恋 27
当たり前だけど、誰も気付いた様子はない。
「どうかした?」
ほっとする私の隣に座りつながら桧山さんが最初に言ったのは、席が変わったことではなく私への問いかけだった。
どうやら、不審な挙動はバッチリ見られていたみたいだ。
「な、何でもないです」
「そう? そう言えば、場所変わったんだな」
軽く、大して感慨も無さそうに桧山さんはそう言った。
喜んでくれるかな、と本当にちょっとだけ思っていたけど、ちらりと横目で見た桧山さんはいつもと変わらない様子だった。
……当たり前かぁ。
「ユカコちゃん?」
思いに耽ってしまったようで、桧山さんが覗き込むように私を見ていた。
慌てて返事をしたけど、桧山さんは表情を少し曇らせて言う。
「大丈夫?疲れてるんじゃないのか?」
いつも通りだ―――。
桧山さんはいつでもこうやって優しく気遣ってくれる。
《いつも通り》が物足りなく寂しく感じる時もあるけど、それは私の我が儘で。それ以上もそれ以下もないのだ。
「大丈夫ですよ。それに…」
「ん?」
「もう飲み過ぎたりしませんよー」
そう言ったら、桧山さんは豪快に笑った。
「矢野くんは来谷さんの何?」
「…ぶはっ。何を言い出すんですか、新庄さん」
突然の問いかけに俺は思わずビールを吹いてしまった。
(…今度は俺かよ〜)
はっきり言って、苦手なタイプ。桧山さんはよくあんな応対ができるなって感心する。
「だって、さっきも遅れてふたり来たしぃ〜」
人差し指で髪を絡ませながら、相変わらず語尾を伸ばした口調で彼女は続ける。
「来谷先輩は昔から変わらないのね、懲りないっていうか」
そう言うと、彼女は来谷さんと桧山さんを一瞥した。
「…懲りない? 何が昔あったんですか?」
「ん?チョット…ね」
そう言いながら彼女は俺の飲みかけのグラスに口をつけ、ビールを飲みほした。