PiPi's World 投稿小説

心恋
恋愛リレー小説 - 大人

の最初へ
 -1
 1
の最後へ

心恋 1

 明日は私の誕生日だ。
いわゆる節目の歳になる。

 そして、今日は20代最後の日―。

いろいろやりたかったことも、今からでは到底ムリな話だ。会社の帰り道、まるで見納めのような面持ちで、すべてを見回し、何かを期待して、地下鉄に乗り込む。しかし、どうしたって何かあるはずはないんだ、特別は自分の中だけ。

 片思いの彼だって、そんな都合良く参上してくれるわけでもなし。
「最後の日…ね…。」
地下鉄の終点は人でごった返す。まるで軍隊の規律のような人混みの中で、私はひとり孤独感を味わう。


 このまま家に帰るのもなんだか気が引ける。そこで、いろいろと道草をしてみたものの、何をしてもソワソワして落ち着かない。
携帯をバッグから取り出して、思い切って彼に電話しようと思ったが止めた。

 人に何かを委ねるなんて私らしくない。

…それに一方的な片思い。
断られたらしばらく復活できないんだ、性格的に。

 彼は同じ部署に勤めている営業。私はその補佐だ。

 私より歳は7も上。でもそんなことを気にしないくらい、彼はお茶目だ。たまにそういうところを見せる、と言った方が正しい。
ここぞという時は頼りになる。普段はこのタイプ。
左手のリングを見たときは正直なところ、息が止まるほど驚愕したものだ。

 私は昔の話を胸に家に帰ると、お湯を張ったバスタブの中に躰を縮こませた。ポチャンと音がして、また静まり返る。急に悲しくなって、彼の名前を呟いた。それはちいさな声だったのに、バスルームに反響して大きな声となる。びっくりして、私は笑ってしまった。そして、また悲しくなってバスタブに涙をひとつ落とす。それは渦を巻き、しばらくしてなくなった。私はその様をずっと、ずっと眺めていた。



―ピピピッ、ピピッ…

重たい腕を無意識に伸ばして、目覚まし時計を叩く。
「ん〜っ」
大きく伸びをして、ベッドから起き上がる。シャコシャコと歯を磨きながら鏡を見ると、そこにはいつもと何ら変わらない私がいた。

 とうとう…と言うべきか
やっと…と言うべきか。
とにかく今日を迎えてしまった。何の自覚もない。あるのは一昨日、ジムで運動した後の筋肉痛だけ。
(一日遅れできたか…ホント情けない…)

 この痛みは…やはりそれだけの歳月を過ごしてきた証なのか。そう思うと、なんだか急に愛しくなって、私は太腿をポンと叩いた。

SNSでこの小説を紹介

大人の他のリレー小説

こちらから小説を探す