心恋 22
桧山さんは、何の事?と首を傾げていたけど、その瞳は優しかった。
私がデスクにつくと、社員の比較的若いコたちが揃って駆け寄って来た。
「来谷さーん!」
「なっ何??」
あまりの勢い良さに少し圧倒される
「帰って来ちゃいましたよ〜!アイツっ!」
「帰国初日の朝から何アノ態度!?」
「もぅ!ムカつく〜」
口々に愚痴っている彼女達も、過去に散々新庄さんの被害に遭っている。
私は苦笑いをしながら当の本人を見遣ると、彼女のデスクには次から次へと男性職員たちが帰国祝いのお菓子やら何やらを持って行っている。
中には他の部所から来た人や、花束まであるから驚きだ。
「ん、彼女も悪気があった訳じゃないと思うんだけどね…」
「来谷さんってば、またそんな甘い事言ってぇ!」
「そうですよ、アイツの腹黒さは来谷さんだって知ってるじゃないですか!」
「あんなだって事あったのに……」
そこまで言ってハッと口をつぐむ彼女達。きっと私の顔色が変わった事に気がついたのだろう。
一瞬、あの日の出来事がフラッシュバックした。
「あの…来谷さん、ごめんなさい」
申し訳なさそうに、口を滑らしてしまった後輩が謝った。
「……いいから、仕事に戻って」
それだけ言うのがやっとだった。
彼女達が去って、机の上の書類の多さにウンザリしながらも、資料をひとつ手に取る。
今日は丸一日、資料整理と統計に追われそうだ。
キャッキャッと新庄さんの高い声が聞こえないように、仕事に集中する事にした。
資料の山を急ぎのものと、そうでないものに分けてゆく。
受話器を肩で押さえ、取引先に電話をかけつつ、指はキーボードを滑っていく。ことっ、とデスクの脇で小さな音がしたので振り向くと、カップのコーヒーが置かれていた。
私は受話器の相手と話しながら、辺りを見渡す。そして、後ろ姿を見つけた。
目線の先にいたのは、猫背の桧山さんだった。