心恋 17
「来谷さ…」
「お待たせしました〜♪」
矢野くんが口を開くのと、ウエイトレスがスパゲッティがのったお皿を出したのは、同時だった。
私の前には、サーモンとほうれん草のクリームスパゲッティ。
矢野くんはボンゴレスパゲッティ。
「とにかく食べよう!」
矢野くんがなにかを言う前に、私はスプーンとフォークを手に取る。
「頂きま〜す♪」
スプーンにフォークを軽く押し付けてパスタを絡め、口へと運ぶ。
「ん、おいし〜♪
矢野くん、早く食べないと昼休み、終わるわよ?」
「無理、しないで下さいよ……」
「………?」
矢野くんは突然、テーブルを叩いた。
何事かと、皆がこちらを振り向く。
私はそんな矢野くんの姿を初めて見た。
私はスプーンとフォークをテーブルに置く。「今の来谷さん。今にも壊れそうで、見てて辛いですよ!」
凄くびっくりした。矢野くんには、私が必死に隠そうとしていたものが見えていたなんて、思いもしなかった。
演技は完璧じゃないかもしれないけど、簡単にはバレないと思ってた。
でも、気付かれた。
矢野くんはそれだけ私のことを見てくれている。思い上がりかもしれないけれど、そう思ったら、淡い何かが胸の奥でゆらめいた。
その気持ちを押し込めるようにまた少し水を口に含む。
……ずるい。
私がか、それとも矢野くんが?
分からないけれど、ただ何となく、そう思ってしまった。
ひとくち、もうひとくち
私はゆっくり水を口に含み、コップを置いた。
「矢野くん…」
ダメ。彼の顔を見れない。
「…食べないの?冷めちゃうよ……」
私は顔を伏せたままそう言うのがやっとだった。
コップの横の、かたく握られた私の右手は微かに震えているのがわかった。
(しっかり、しなきゃ…)
そう思った時、その手は矢野くんの大きい手が添えられた。
「…辛い時は口にした方がいいよ、来谷さん。」
その優しい口調に、一瞬だけ桧山さんが重なった。
公園で、一緒にベンチに座って同じ事を言っていた桧山さんと。