心恋 16
「はぁ…。」
長い長い会議がやっと終わり、洗面室で出た溜息。
あの後も、会議中私は上の空だったらしく、何度も部長に注意をされてしまった。
洗面台の鏡には、昨日泣きはらして腫れた目の私。
こんなカオで会社に来ていたのかと、今更恥ずかしくなった。
(昔はもっと化粧ノリも良かったのにな。)
なんて思う。
今日は全てにおいて思考が暗くなってしまう。
「しっかりしろ、ユカコ」
鏡の中の自分に喝を入れて、洗面室を後にした。
部署に戻る手前で、また矢野くんに出くわした。
「メシ食いに行きましょう!今日はオレのおごり」
一瞬、桧山さんの顔が頭に浮かんだ。でも、無理矢理に追い払う。
「じゃ、一回デスク戻ってから行くから」
私はそう言ったのに、矢野くんはここで待ってる、と言い放った。
資料を片付け、ランチ用の小さなバッグを手にする。ホワイトボードには、桧山さん直行直帰と黒のマーカーで記入されている。
(なんだ、今日は帰ってこないのかあ…)
私は複雑な気持ちで、矢野くんに向かって歩き始めた。
「お待たせ!」
声をかけると矢野くんは考え事をしていたらしく、しばらくしてから私に気がついた。
「さあて、こないだできたパスタ屋でいいっすか?」
「おまかせするよ」
私はにっこり微笑んだ。
その後、社を出るまで沈黙が続いた。私のヒールの音がやけに響いて、他の静寂を際立たせる。エレベータの中では他に同乗する者もいなく、作動する音のみが耳を通過していった。
矢野くんが突然のため息を付いたのは、イタリア料理店「ボンゴレ」で頼んだメニューを待っていた時。
「何?」
矢野くんがじっとこちらを見て来るのだ。
「今日元気か無いのって、風邪を引いたからじゃ無いんじゃないっすか?」
「どうしてそう思うの?」
私は無意識の内にコップを手に取り、口をつけ傾ける。
矢野くんに言われたことはまさに的を射る、そのものだ。私はほんのりレモンの味がする冷水を口に含んで、喉を潤す。自分なりに落ち着かせようとする癖のようなもの。
「…今までの来谷さんと違う。ずっと見てきたからなんとなくわかるよ」
矢野くんは相変わらず私を直視して、そんな台詞をさらっと流してゆく。
私の心が微かに動く。
そんなこと今言われたら、強い気持ちだって揺れてしまいそうになる。
何も言い返すことができずに、私はテーブルに置いている自分の手をしばらく見ていた。