心恋 13
私は何も言えず、桧山さんの顔をじっと見つめる。
少し、心臓を脈打つ鼓動が早くなった気がする。顔が熱りだしたのは、熱ばかりのせいではないように思う。
(私は何を期待してるんだか…)
そんな私の心の内を知ってか知らずか、拭った指を自らの口許へと運び、その指先を舐めた。
その仕草がとても様になっていて、セクシーに感じた。
私は思わず上半身だけを起こして、丸いパイプ椅子に腰掛けた彼を見つめる。
「…あんまり涙が出るから、成分が他の人と違ったりしてって。なんて、ね。」
彼はおどけて、笑う。無邪気な、私の好きな笑顔。
「こんな…なる…は誰のせ…だと…」
私は涙声で質問する。最後の方は言葉に詰まってしまった。
「…半分はオレのせい」
桧山さんはそれに答える。ちゃんと正直に。
「…でも半分は、ここの腺が弱いんだな。」
そう言って、また涙を右手の指で拭った。
「さ、送ってくから今日はもう帰ろう。オレもドライブついでに仕事行くし。」
「え?仕事ついでにドライブじゃないんですか?」
私はそのあと吹き出して笑ってしまった。
帰り支度の用意をしていると、桧山さんが、下で待ってる、と言い残して営業部を後にした。
「金本部長、すみません」
私は大きく頭を下げる。
「仕事も今落ち着いてるから平気だって。今日はゆっくり休んで」
部長はいつも穏やかだ。
私は人間関係にはとても恵まれていると思う。だから、自己管理不足がとても申し訳ないと思う。
「本当にすみません、お先に失礼します」
また一礼して、振り返ろうとした瞬間、呼ばれて引き止められた。
「桧山にはお礼言っといた方がいいよ。なんせすぐに飛んでいったから。後輩思いなんだな、あいつ」
(そういえば…誰が運んでくれたとか知らなかった…桧山さんだったんだ…)
部長の言葉が頭で回る。『すぐに飛んでいった』
神様、私はとんでもない幸せ者です―無宗教のくせに感謝せずにはいられなかった。今の私にとって少しの幸せは多大なるもの。きっと長くは続かないから。
首下げ式のネームホルダーを外して置き、PCの電源を消す。ホワイトボードのプレートを青から赤に裏返す。桧山さんの欄はすでに得意先名と直帰の記入があり、少し目を落とすと、矢野くんのプレートは赤になっており、午後から出張になっていた。
(風邪、平気かな?)
私はなぜだか、そう思わずにはいられなかった。