心恋 12
「おはようございま〜す」
次々と部内に人が入って来る中、矢野と藤川に続いて彼女も入ってきた。
「おはようございます」
いつもの透き通った声に比べ、鼻声だ。見ると少し紅潮している気がする。
足取りもなんだかぎこちない。
(風邪引いたかな。)
「矢野、風邪かよ?」
藤川が矢野に声を掛けているのが聞こえる。
たしかに昨日、彼女を送ってくようメールしたのはオレだ。彼女をほっとけない、そう感じたから。
(何かあったんだな…)
自分の行動がすべて裏目に出てる気がする。でも、これが本当の気持ちだ。
もう後戻りはできない。
「…はい、では失礼いたします。」
1、2、3、カチャ。
(なんか怠いなぁ…)
午前はなんとか切り抜けたものの、昼ゴハンはまったく食べれなかった。
「来谷さん、ちょっと」
「…はい。」
部長に呼ばれ、椅子から立ち上がった途端、私は眩暈がしてその場に倒れこんでしまった。
「…ん…?」
目覚めると、目の前には白い壁―天井があった。
(あ、私倒れて…えっと、ここ医務室か…)
「情けないな、ホント」
独り言は虚しく響く。
しばらくすると、部屋の向こうで足音がして、ドアの前で誰かが立ち止まった。
コンッ、コンッ―
私は足音でも、このドアのノックだけでも、誰だかわかってしまう。
だから、急いでベッドの布団を顔まで引き上げて、寝たふりをする。昨日の今日で、私は何も話せない。
「入るよ?」
カチャッ―
ドアノブが回ったのを確認すると、私は静かに瞳を閉じた。
「まだ寝てたのか…」
彼はそう呟いて、ビニール袋を脇のキャビネットに置く。何かを買ってきてくれたに違いない。
私は耳だけですべてを聞こうと、必死に眠っているふりを続ける。
(お願いだから、仕事に戻って…)
そんな思いも余所に、少し冷たい手が額に当たる。
「熱下がってんのか、わかんないな。」
私はその手があまりにも気持ち良く、安心できるので、本当の眠りに陥りそうになってきた。夢うつつ、といった感じだ。
「…………」
しかし、心地好かった手はすぐに離れていった。今度は沈黙が続いている。
また何かが近づく気配がして離れていく。
睫毛へのキスだった。
ぴくっ、と瞼が反応してしまう。さすがに耐え切れなくなって、私はゆっくりと瞳を開いた。
「…起きてたんだ。」
私は、こくんと頷く。
「…桧山さん」
やっと口を開いたけど、段々と涙目になってくる。
「寝顔見てたら、あんまり可愛いもんだから、つい」 そして、ごめん、と最後に付け足した。
限界をこえた一筋の涙は目尻、こめかみを通り過ぎ、枕に到達してゆく。彼は咄嗟に左手を伸ばし、指で涙を拭ってくれた。