心恋 11
雨足が強くなったのか、窓ガラスを沢山の雫が次々と伝っては落ち、消えてゆく。
私はそんな自然なことを不自然な気持ちでみている。傘は持っていないし、別に濡れるのは一向に構わない。ただ、物悲しいだけ。
途方に暮れていると、後方で携帯のバイブ音が聞こえた。音に反応して振り返ると、どうやら矢野くんの携帯らしい。画面を見て複雑な表情をしている。私には気づかないようだ。
やっとホームに電車が乗り込んでいく。ドアが開いて、沢山の人が降車する。
笛の音が鳴り響き、ドアが再び閉まりかけても、矢野くんは私の隣から離れようとしなかった。
「…降りないの?終電だよ、コレ。」
「知ってるよ」
動揺してる私を余所に矢野くんは飄々と答える。
「じゃあ、どうし…」
質問する前に謎は解けた。
差し出されたブラックの携帯。開かれた画面にはメールが映し出されている。
time:2005/07/08 01:03
from:桧山さん
subject:無題
彼女をちゃんと送っていってくれ。頼む。
「オレ、知ってたよ。見てたんだ、あの時。」
「………」
桧山さんに抱き締められたとこ、見られてたんだ。
頭が混乱する。瞳を閉じても、あの場面が浮かぶ。
「矢野くん、あの…」
「大丈夫、誰にも言わないよ。ただ、こういうことされたら、オレも黙ってはいられない。」
そう言って携帯を見やると、パタンと折り畳んだ。
私の降車駅までは、思いの外、早く到着した。
タクシーに乗ろうという矢野くんの申し出を半ば振り切って、ひとり雨の中を歩いていく。
騒めいてる心を抱いて、閑散とした自分の部屋にやっと辿り着く。少し熱めのシャワーを浴びると、染み込んだ雨の匂いと躰中の感触は流れ去っていった。
長い長い一日がやっと終わり、微熱混じりのため息をつく。今日の余韻に浸ることなく、私は深い眠りに落ちていった。
「くしゅんっ」
地下鉄を降りて、会社まで向かうのに何度となく、くしゃみを繰り返す。
(やっぱりタクシーで帰るべきだったか)
昨日は生乾きの髪のまま、いつのまにか膝を抱えて眠ってしまっていた。
躰が熱い気がする。目も腫れて、化粧のノリも悪かった。でも、何よりも―
心が痛む。
「おはようございます。」
交差点で信号待ちをしていると、誰かが声を掛けてきた。振り返ると声の主は矢野くんだった。
「あ、おは…、くしゅ」
挨拶しながらも、またくしゃみが出る。
「だから昨日、タクシーで帰りましょうって、あれだけ言ったのに…」
(アレ、なんだか…)
さっきすぐに声の主がわからなかったのは、この声のせいだ。少し鼻声。
「そういう矢野くんこそ声が変だよ。」
思わず、ふふっと笑ってしまう。昨日のことなんてなかったみたいに。
「昨日はすいませんでした。でも、悪いけどオレあきらめませんから。」
そう言ってあどけなく笑うと、前方にいる藤川くんに向かって、すたすたと歩いていく。
(あ、熱上がったかも…)
私も気怠いと感じる躰を引きずりながら、青信号が点滅している横断歩道を慌てて渡っていった。