心恋 20
−−タタン タタン…タタン タタンッ−
朝、いつもの満員電車の中。今日は特に憂鬱だ
「おはようございまーす!」
不意に上から声がして、見上げると矢野くんと藤川くんが吊り革に捕まりながらこちらにやって来ていた。
「おはよう」
ちょっとドキっとしながらも、平静を装う
「今日、新庄さん帰って来ますね!!」
ワントーン高くなる藤川くんの声。そうだった。藤川くんは新庄さんの賛美者の一人。
そうね、元気にしてたかしらと返事を返し、一人悶える藤川くんを横目に矢野くんを伺うと目が合ってしまった。
「来谷さん、『憂鬱だ』ってカオに書いてありますよ?」
矢野くんは私にだけ聞こえるように耳元で囁いた。
(やっぱり、矢野くんには敵わないや)
いつもながら矢野くんの観察力には驚かされる。
そして、私のモヤモヤを少しづつ晴らしてくれる。
電車を降りる頃にはすっかり私の心は晴れていた。
「たしか…新庄さんって、うち入る前に留学してるんですよね?」
矢野くんが改札で定期を通しながら、聞いてくる。
「そうだったね、たしか」
私もどれぐらいの期間だったかはうろ覚えだ。
「2年っすよ!」
横から藤川くんが自慢げに言い放った。
(なぜ私より詳しいの?)
私は瞳をパチパチさせて、藤川くんを凝視した。
「あいつ、崇拝者だから」
矢野くんが、ひとり少し先を行く藤川くんの背中を指差して、苦笑いした。
「そうだったの!?」
「えぇ、そうなんです」
私は藤川くんがこの先、不幸にならないように、心の底から祈った。
私達は会社に着くと、すぐに桧山さんと顔をあわせた。
「あ、おはようございます」
「おはよう、ユカコちゃん」
私はすぐに顔をそむける。
正直、まだ辛いから。
「もう、来てるよ。
ユカコちゃんの天敵」
私は顔から火が出そうになった。
そこに声がかかる。
『ユカコせんぱ〜い!
お久しぶりですぅ』
怪獣の被り物?
魔性の女の自覚もない後輩の襲来だ。
私は小さく呟く。
(裏切り者…)
でもきっと、本人は裏切ったつもりなんて少しもないと思う。
彼女にはいつものことなんだろう、こんなこと。
確かに彼女はたくさんの人に好かれている。
それは、どうすれば自分をよく見せられるか、より好いてもらえるかを天然で分かっているからだ。
だから私も少なからず好感を持っていたけど、やっぱり同じ女同士。
いつの間にか、言葉の端々とか動作の片隅にほころびが見えてきた。
あとは単純。なんとなく疎遠になっていくうちに、彼女はひと言もなくアメリカへ行ってしまった。