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心恋
恋愛リレー小説 - 大人

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心恋 19


 あ、と思う間もなく矢野くんの唇は、私の手の甲に小さいけれど確かな感触を残して離れていった。
 そのあまりに大胆な行動に、ワンテンポ遅れて顔が熱を持ちはじめる。

 だけどその驚きは、すぐに照れの交じった笑いに変わった。
 矢野くんも少し照れたように笑って、場の重たい空気は、もうどこかに消えてしまっていた。

 だから私はもう一度、ありがとう、って小さくつぶやいた。

 今できるかぎりの微笑みは、まだ全然頼りないかもしれないけれど。
 それでも今は、微笑んでいよう。

 会社までの帰り道、今度は清々しく帰ることができた。私は矢野くんに救われた思いでいっぱいだ。パスタ屋までの足取りは、あんなにも重かったのに。

 キスされた手の甲を眺めて、そっと瞳を閉じ、少ししてゆっくりと開く。なんだかそれだけで、フッと心が軽くなった気がした。

 私は目の前を歩いている矢野くんの背中に向かって、もう一度、ありがとう、と心の中で呟いた。


「………はい、その件でしたら………」
矢野くんのお陰で午後からの仕事は、何時ものように集中する事が出来た。

「……はい、それでは失礼致します」
受話器を置きながら、フッと溜め息をつく。

そこで周りがこちらを見ている事に気付く。
「皆、なに仕事の手を止めて見てるんですか!?」
「午前の君とは全く別人みたいだからだよ」
「もう。金本部長まで!」

からかい混じりの金本部長に呆れ顔を向けながら、呼び出し音を鳴らす電話の受話器を再び取りあげる。


「はいこちらaven………」
相手の声を聞き、私は珍しくもと言うべきか声を失った。
なぜならその声は良く知った声だったから。

軽薄、尻軽女、実力ピカイチ、美形、自分勝手。
お調子者が大っ嫌いな私にとっては天敵。
アメリカ本社に移ったはずの女が帰ってくる………。



「はぁぁー。」

家に帰り、ベットに倒れ込むなり溜め息が出た。
一難去ってまた一難とは正にこの事か


私より2つ下の後輩。
有名な大学を首席で卒業すると、その学力…得に言語力を買われ入社。その後僅か2年で本社からお呼びが掛かった。
はっきり言って、出世コース。

それだけなら良かった。だけど、彼女の腹黒さを知った時から彼女は違う世界の住人だった。

犠牲になった人は数知れず。踊らされている事に気付かず利用されている人も数知れず。

彼女がアメリカに行ってからの2年間は平和だったと思う。

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