四葉のクローバー。 35
「……なかったけ?じゃなくて、言ったよ」
珍しく言い返してみると、母は、
あ、そうだったわね。とおどけてみせる。
これは、絶対確信犯だよな……。
「まあ、それはそれよ。何?聞きたいことって」
とりあえず、ここだとまずい。
母をリビングの隅に行くよう手で操作する。
チラッと時計を見るとすでに帰ってから三十分過ぎていた。
エプロンを外した母はこっちに来た。
「何?できれば簡潔に話してね」
「由香、一回ここに帰ってきただろ?」
母は、あぁとすぐに表情を変えた。
「帰ってきたわよ。アンタと一緒に帰ってくる、
そうね……二、三時間は前だったわね」
「何か言ってなかった?」
「とくに。その後、また出かけて行ったし、
デートかな?なんて思ってたんだけど、
結局、美保ちゃんの家にアンタと行ってたのね」
俺が倒れたことは、話さなかったのか。
「……………?」
話はそれだけ?というような顔をする母。
今までに、聞きたくても聞けずにいたこと。
もしかしたら、今この瞬間、入ってはいけない領域に
自分から足を踏み入れているのかもしれない。
目をつぶる。いいのか?入って……。目をあける。
そんな戸惑いは、この際知らないふりをしよう。
「それと、さ……」
そう話を持ちかけた瞬間。廊下の奥辺りから物音がした。
正確に言うと、由香の部屋だろう。
勘の鋭い由香のことだ。何かを察したのかもしれない。
あわてて、話のトーンを不自然にならないよう変えた。
「先週の日曜、美保の家行ったんだって?」
母も自然にその話題にのった。
「あぁ、行ったわよ」
「美保が楽しそうにそのこと話してたよ」
「あら、ホント。それじゃあ、来週でもまたお邪魔しちゃおうかしら」
と、笑い合ったところで、キキッとドアの開く音がした。
母は廊下に出た。
「あら、由香ちゃん。今呼びにいこうとしてたのよ」
「あ、ゴメンなさい。ちょっと考え事してて」
ずっと自分が部屋にこもっていたことに
対して言ってるらしい。
由香の姿がやっと俺の視界にも入ってきた。
母は、そのことなど気に留めるはずもなく、
自分の指定席に腰をおろした。
「さて、食べましょうか」
「すいません。何もお手伝いしないで」
「いいのよー。そのおかげで珍しいもの見れたから」
「……………?」