世界の中心で平和を叫ぶ。第3部 93
「敵の数は1名。この大学でしつこく我々のことをかぎまわっていた警官だ。
殺害方法はナイフによる投擲。かなりの距離をとっていたにも関わらず、1発でしとめられた。
現在目標は徒歩でこの大学に向かってきている。
到達時間は今から10分弱と予想」
「・・・できれば穏便に済ませたかったが・・・事ここに至ってはもはや実力行使あるのみ、か」
「ええッ!?マジっすか!?相手は十中八九正義の味方ですよ!?
今の戦力だけで勝てるかどうか・・・!」
啓太の怪人になってから初めて戦闘をすることになる朱鷺が、あわてて抗議をする。
彼女の反論は正しい。怪人を使い捨ての安物商品とするなら、正義の味方はブランドのついた高級商品。
正義の名の下に市民の血税を惜しみなく注いで作られた兵器だ。
戦うにはそれ相応の覚悟と準備を欠かすことはできない。
だが彼らアパレントの怪人は、啓太から勝手に死ぬことを禁じられている。
そんな条件下で啓太に気づかれず、正義の味方を倒すだなんて不可能に近い話だった。
だが正論をぶつける朱鷺に対して返ってきたものは。
容赦のない張り手と鬼のような形相でせまるマイの顔だった。
「・・・情けないこと言ってるんじゃないよ。
そんなこと、ボクたちだってとっくの昔にわかってる。
それでもそれをやらなきゃならないのが、ボクたち怪人の仕事なんだよ・・・っ!!
啓太様に仕えたいなら、二度とそんな甘いことを言うんじゃないよっ・・・!」
その迫力におしゃべりな朱鷺は顔面を蒼白にしてコクコクと首を縦に振った。
腑抜けに根性を入れ直したとことで、マイたちはさっそく作戦会議を始めた。
――――
「・・・そこまで」
「・・・・・・」
「そこから先は、私たちを倒してから行ってもらおうじゃあないの」
正義の味方という強大な敵を前に、朱鷺と蒼、そしてみどりの新入りメイド3人組が待ったをかけた。
彼女らのとった行動は至極シンプルなものだった。
啓太の護衛としてやってきた朱鷺・蒼・みどりの3人が、直接エルカイザーのもとに出向いてお帰りいただくように『お願い』をする。
それで帰ってもらえるならそれでよし。
帰らなければ実力行使をしてでもお帰りいただくというわけだ。
他のメンバーが顔を出さないのは、もちろん理由がある。
それに早くも気づいたエルカイザーは目を細めながらつぶやいた。
「・・・フン。『私たち』、か。どうせそのあたりに伏兵でも用意しているのだろう?
おまえら悪の組織はそういった小細工が大好きだからな」
その言葉に3人組は息を呑みそうになるのをかろうじてこらえた。
彼女たちがあえて顔を出したのは顔を知られておらず、なおかつ直接戦う能力に秀でているものたちだからだ。
さらに新兵である彼女たちは実力も低い。おとりとしてはもってこいというわけである。
だがそこまではすでに予測済みだ。
「やはり見抜かれていた、か」
「ま、遠くで隠れてちょっかい出してたヤツの存在に気づいて攻撃するくらいのあいてだもんね。
それくらいわかって当然よね〜」
「・・・・・・」
「ってみどり!アンタも何か言いなさいって!?」
「ツッコミはその辺にしておけ、朱鷺。・・・ところで正義の味方殿?
我々がそちらの注意を引くためだけに、わざわざそちらの前に現れたと思っているのか?」
さてここからが本番だ。
ルーキー3人組は、内心の緊張を悟られないようにしながら『お願い』を始めた。
「こちらとしては事を大きくしたくない。
どうだろう?お互い望まぬ結果を生む前に引き返してはもらえないか?」
「・・・わからんな。おまえらならともかく、なぜこちらが望まぬ結果になると?」
「ならおバカなアンタの頭にもわかるよーに言ってやるわ。
ここで断んなら、何の罪もない一般市民を殺すって言ってんのよ」
「・・・(ピクリ)」
朱鷺の言葉に黒河が初めて反応を見せた。
当然だ。正義の味方とは秩序。平和の象徴。
一般市民を犠牲にすることなどあってはならないことだからだ。
もっともみどりたちは口でこそひどいことを言っているが、それを実行する気はもちろんない。
それは啓太の意思に背くことだから。
だが自分たちは悪の組織で、相手は正義の味方だ。それを武器にしない手はない。