世界の中心で平和を叫ぶ。第3部 91
マリアたちからすれば今すぐにでも打って出たいところ。
しかし啓太は今、久しぶりの大学生活を楽しんでいる。
自分にできることを探そうとしている。
不安をあおったり心配をかけるようなマネだけは避けなくてはならない。
それでなくても啓太は度の超えた『お人よし』なのだから。
ではどうするか。答えは簡単。
啓太の知らないところでこっそり片をつけてしまえばいい。
ただ今は状況が悪い。
席を外すことはできても、時間をかければすぐに気づかれてしまうから。
そのためにも時間を稼がなければならない。
携帯外の面々はさりげなく永遠にアイコンタクトを返すと、彼は軽くうなずいた。
了解の合図だ。
それと同時に永遠は作戦行動を開始する。
戦闘向きではない永遠は、どうやって時間を稼ぐつもりなのだろう?
――――
「――――・・・」
その頃。淡々と目的地である啓太の大学に向かっていた2代目エルカイザーこと沢渡黒河は、急に足を止めたかと思うと、ふと頭上を見上げた。
そしてその体勢のまま、キョロキョロと周囲に視線を移す。
黒河がいるのは閑静な住宅地の歩道。
あいにくそのまわりには通行人こそいないが、車道には普通に車が行きかい、見た限り以上があるようには見えない。
だがそれはあくまで一般人レベルでのこと。
黒河のまわりでは、目に見えない異常が確かに存在していた。
(―――気づかれたか?)
黒河の様子に異常を起こした張本人が心の内でそっとつぶやく。
(そんなはずはあるまい。この微弱な力を前に気づくことなど)
(愚かな。相手は正義の味方だぞ?ありえぬことがあって、むしろ当たり前のことではないか)
(何を非論理的なことを言っている)
すると心の中でつぶやいたにもかかわらず、複数の人間の声が一斉に返ってきた。
心の中でぎゃあぎゃあ騒ぐ声たちに、異常を引き起こしたものはポツリとつぶやいた。
(どちらにしろ、対応を変えなければならない)
(ではどうする?)
(もっと人数を集めて結界を強化するか?)
(バカな。それではこちらの存在をアピールするだけだ。まずは大学の連中に連絡を・・・)
心の内で繰り広げられる論争。
いったいこの人物の正体は何なのか?そしてこの人物が黒河に仕掛けていると言う異変とは?
その正体は笛上永遠。ネットワーク・フェアリーであった。
ネットワーク・フェアリーという怪人は通信能力に長けた群体型の怪人である。
今エルカイザーにちょっかいを出しているのは永遠の一部。分身とも言うべき連中である。
彼らは今、得意の通信能力を使って啓太のいる大学への侵入を阻もうとしている。
その方法は至って簡単。
『行くな』と人間に聞こえるか聞こえないかのギリギリの周波数でささやき続けているだけだ。
突然だが読者諸君は『サブリミナル』や『インプリンティング』というものをご存知だろうか?
情報を繰り返し見せることで特定の行動を取りたくさせたり、思い込ませたりする一種の洗脳技術。
ネットワーク・フェアリーはこれを利用してエルカイザーを大学から遠ざけようとしているのである。
しかし相手は正義の味方。バレたら間違いなく生死に関わる一大事となる。
それも自分たちの主である啓太を巻き込む大惨事に。
だからこそ彼らネットワーク・フェアリーは慎重に事を進めてきたのである。
それなのに。2代目エルカイザー沢渡黒河は何かに気がついた。
彼らが動揺するのも無理からぬことだった。
緊張の中、黒河は周囲を見るのをやめ、じっとしている。
バレたのか?そうでないのか?作戦は成功したのか?してないのか?
張り詰めた空気の中、黒河の姿が一瞬ブレた。
『!!??』
何が起こったのか。一瞬消えたと思った黒河の姿はそこにある。
そして黙ったままある一点をじっと見ていたが・・・再び啓太の大学へと歩みを進めた。
その様子にネットワーク・フェアリーは一斉に反応した。
(歩いた!歩いたぞ!?)
(作戦は失敗だ!)
(大学にいる私に連絡をしろ!)
(どういうことだ?我々の存在は気づかれていないのか?)
(気づかれていないのなら作戦の続行を!)
(いや待て!気づいている!あの男、こちらの存在に気づいているぞ!
私の1人がやられているっ!)
ネットワーク・フェアリーの1人が殺されたという言葉に、他の連中もあわてて確認を取り・・・愕然とした。