淫魔界にようこそ 43
レイナが槍に魔力を通して走る間も大木の峰を断ち切り、障害物とするが背後から迫る気配の速度は緩まない。破壊しながらだと必ず遅れるはずだ。
つまり、相手はこんな大木の障害物などは問題ないほどの俊敏性を持った奴。
「レイナ。罠をしかけられるか?」
槍による攻撃、その補助魔術を専門的に習っているレイナは魔術トラップを使えない。
レイナはすぐさま首を横に振った。
「無理ね。木々が邪魔で精密な術を施すには時間がかかるわ。平地とかなら一瞬で刻めるんだけど」
「そうか」
会話の隙を狙うように。
二人の背後の森を切り裂いて人影が飛ぶ。
空中で独楽のように回転しながら手に握る鉈を白那の首へ振り下ろす。一刀で首を断つ苛烈な斬撃を受け止めたのはレイナの槍。鍔迫り合いの刃の間で火花が舞い、二人の双眸がぶつかる。
レイナが手首を捻って斬撃を逸らす寸前、森の片隅から生き物のようにうねる縄が四肢を縛る。
「まだ、いたようね」
白那の冷気が作り出した氷の刃が鉈を持つ小柄な人影に放たれ、人影はレイナの槍の柄を蹴ることで退避。着地するなり横に飛ぶことで白那の追撃を防ぐ。
その間に白那は新たな氷刃によってレイナの四肢を縛る縄を断ち切る。僅かな数秒の攻防だった。自由になったレイナは目の前の小柄な人影―――茶髪の少女を見て珍しそうに呟いた。
「淫獣人とは珍しいな。まだ生きてたのか」
「うるさい。淫魔」
ボサボサに伸びた茶髪を後ろで無造作に結んだ髪型の、十六歳前後の少女。ハッキリした目鼻立ちで、纏っているのは狩った獲物の皮で作られた粗末な服装だ。
しかしその体つきは健康的とは言いがたい魅力的な色気にあふれている。
健康的な色気と女の魅力という、この危ういバランス・・・。
それは彼女たちの持つ野性ならではの魅力であった。
「難しい話は苦手だから単刀直入に言うよ。その男を置いて行きな。
さもなきゃアンタらは淫獣たちの胃袋の中だ。さあどうする?」
いっそ清々しいほどの明らかな脅迫。
この森の住人である淫獣人らしい言い分に、白那とレイナは一瞬言葉を失う。
しかし2人ともすぐに不敵な笑みを浮かべると、レイナはこう言い放った。
「悪いが雄介はこちらの大事なお客様だ。
どこぞの獣のエサにはさせられんな」
「あらあら、レイナ?ご主人様を名前で呼ぶなんてよっぽど気に入ったのね?」
「ちゃ、茶化すな白那!」
一触即発の事態だと言うのに、2人はまるで大したことのないように会話する。
その態度に淫獣人の娘は一言。
「交渉決裂、だな」
ピイィィイイィーーーッ!!