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剣の主
官能リレー小説 - ファンタジー系

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剣の主 54


そのような事を繰り返していく内に、職場内での彼の立場は悪化の一途を辿った。
やがて同僚達の中には昇進し始める者も現れ始めた。
いつしか彼は同僚達を憎むようになった。
(出世したヤツらはきっとズル賢い手を使ってライバル達を蹴落とし、その上で上手く上司に取り入って引き立ててもらったに違いない!俺はそういう事が出来ないからいつまで経っても不遇なのだ…)
そうやって自分を正当化した。
また、自分に対して向けられる軽蔑の眼差しに対しても正当化が適用された。
(恐らく俺の事を憎むヤツがいて、そいつらが裏で俺の悪い噂を流し、俺を職場で孤立させようとしているに違いない!チクショウ!負けてられるか!そっちがその気ならこっちにだって考えがあるぞ!)
…という訳で彼は派閥づくりに取り組み始めた。
ターゲットは毎年、新年度になると入って来る何も知らない新人達だった。
彼は(彼の中では)彼を憎む“敵”である(と彼が見定めた)同僚や後輩の陰口を新人達に吹き込んだ。
だがこれは先述の女性遍歴の嘘よりも短期間でバレて、彼は逆に信用を失った。
その状況すら彼は正当化した。
(クソッ!おそらくこっちの動きに気付いた敵が先手を打って仕掛けて来たに違いない!敵の方が上手だったという訳だな…チクショウ!この恨みは必ず晴らしてやるからな!)
もう何でも有り…万事がそんな感じだった。
彼の世界では他人は基本的に自分を陥れようとしている敵だった。
そのスタンスは例えば日常会話の中でも遺憾なく発揮された。
すなわち、相手が発した何気ない言葉の中に、本来ならば含まれてなどいないはずの敵意や悪意を見出し、投げかけられる全ての言葉を嫌味や皮肉として受け取った。
そんな調子だったので、自然と彼自身の言動が皮肉っぽく、嫌味っぽく、喧嘩腰になっていった。
もちろん、その事に彼自身は気付いていない。
彼の世界では、彼は何も悪くはなかった。
彼は正しかった。
彼の周囲で起こるトラブルは全て他人に責任があった。
このように、彼は自分の世界をとても大切にしていた。
その世界は彼の主観が他の何よりも優先される世界だった。
先ず主観ありきの世界だった。
そこに客観などという物が入る余地は毛ほども無かった。
だが、主観と現実は違う。
普通そのギャップに気付いた時、人はどこかで折り合いを付けねばならない事を悟る。
でなければ日々を生きていけない…とまでは言わないが、色々と面倒な事態になる。
だが、彼にはそれが出来なかった。
彼の作り上げた主観の世界は、彼の深い情念(恨みや憎しみ)を抑制するための手段だったからだ。
もし自己正当化を止めたりしたら、彼の中の情念は猛獣のように暴れ出すだろう。
そうなったらどうなるか…それは彼自身にも解らない。

だから彼は彼の世界を守り続ける。
例えそれが仮初めの物であったとしても…。

目の前の新人を苛め続ける事によってのみ、辛うじて維持し続ける事が可能な脆弱な物であったとしても…。

「ほらほら、クルアーン君!早くしないと日がくれちゃうよ〜」
本当に救いようのない屑男アブ・キルは疲労困憊ながらも頑張って穴を掘ってるセイルを馬鹿にして楽しんでいた。
そして、流石のセイルも限界に達しようとした瞬間!
「はあはあ…はあはあ…(もうだめ!!げっ限界かもっ!)」
「おっおお!!(お坊ちゃま!倒れるかな)」
連日の疲労で倒れそうになるセイルをアブ・キルは待ってましたとばかりに期待の笑みを浮かべる。
「あっあれ!立てる?何か身体が軽い!」
「なんだよ〜何でだよ〜あそこは倒れるだろう!」
しかし、セイルは倒れず逆に重かった身体が軽くなり穴掘りを続けた。
倒れたセイルを更なる嘲りでイビル筈だったのに、肩透かしを喰らいアブ・キルは駄々っ子のように喚いていた。
疲労困憊していたセイルの身体が回復したのには訳があった。
実は姿を消しているアルトリアが、こっそりセイルに回復魔法を唱えて疲労を回復させたのである。
(良かったセイル様は何も気付いてないな。アブ・キルとやら!貴様如きにセイル様は潰させないぞ!)
怒りに満ちた表情でアブ・キルを睨みながら、アルトリアは奴をそろそろ始末する腹積もりであった。
アブ・キルは地団駄踏んで悔しがった。
(チクショウ!チクショウ!!チクショウ!!!何なんだよコイツは!!?何で平気な顔して立ってられるんだよ!?今までの新人ならもうとっくの昔に泣いて詫びるか壊れるかしてるはずなのによぉ!!…まさかコイツにはこの重労働が屁でもねえってのか!?いや!そんな事は有り得ねえ!!この俺にでさえ困難な重労働をよりにもよってぺーぺーの新人が易々こなしちまうなんて事、有り得るはずがねえ!!!)
そして彼はセイルに向かって怒鳴り付けた。
「おい!!命令変更だ!穴の直径と深さを倍にしろ!」
「そ…そんな…っ!?」
「何だテメェ!?この俺に口答えする気かぁ!?俺はお前より偉いんだぞ!!俺の方が立場も年齢も人生経験も上なんだからな!!お前なんか穴を掘るしか脳の無い愚図だ!!何の役にも立たない価値の無い人間だ!!職場のお荷物で邪魔者で嫌われ者だ!!でもそれを認めたくないから、お前は他人を貶める事で自分を肯定してるんだ!!内心で他人を見下して優越感に浸ってるんだ!!卑しい人間なんだ!!お前なんてなぁ!!お前なんてなぁ!!!お前なんてなあぁ…っ!!!!」

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