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剣の主
官能リレー小説 - ファンタジー系

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剣の主 53

この頃のセイルときたら、起きて、食べて、出勤して、穴掘り穴埋め、退勤して、食べて、寝る…の繰り返しだ。
もちろん夜にアルトリアの身体を求める事も無い。
連日8時間、昼食抜き休憩抜きで穴掘り作業に従事している人間にそんな事をする体力や気力が残っているはずがない。
やがて彼は日に日に無表情になり口数も少なくなっていった。
セイルを溺愛していた母ヤスミーンは我が子の短期間の変貌に非常に戸惑った。
だが戸惑っただけで、セイルに対して特に何かしてくれた訳ではなかった。
それでも「まだ仕事に慣れていないだけだ」と結論付けて大して気にも掛けない父オルハンよりかは幾分マシかも知れない。
いずれにせよ両親は何の助けにもならなかったし、セイルもセイルで両親には職場での事は一切語らなかった。

セイルから気力を奪っていったのは単調な肉体労働だけではなかった。
常に彼に付き添い、彼を監視し続けているアブ・キルの発する“言葉”もまた、彼の気力や活力といった物を奪うのに充分な力があった。
アブ・キルは口から先に生まれてきたのではないかと思われるほど良く喋る男だった。
放っておけば2時間でも3時間でも喋り続けた。
喋り疲れると彼は木陰で眠り、目が覚めるとまた怒涛の如く喋り出した。
その話の内容は以前にも記したが“女の話”と“他人の悪口”の二つに大別された。
その大まかな内訳は、女の話が約3割、悪口が約6割、その他が約1割で、大半が他人の悪口だった。
悪口とは、職場、上司、同僚、先輩、後輩、親戚、近所の人々、政治、社会などに対する不平不満、恨み辛み、もしくは他人の不幸や失敗談などの醜聞に対する侮蔑や嘲笑だった。
そんな彼の負の情念がたっぷり込められた言葉の数々をセイルは延々と浴びせられ続けた。
言葉には見えない力がある。
アブ・キルの負の情念は話を聞かされるセイルの心の中に少しずつ、しかし確実に蓄積されていった。
別に彼自身が嫌な思いをしたり不遇な目に遭った訳でもないのに、それらの体験を聞かされ続ける事によって、まるで彼自身がそのような体験をしたかのような、重く、暗く、沈んだ気分にさせられた。
セイルはこのアブ・キルという男によって、確実に生きる気力を奪われつつあった。
だが、アブ・キルはセイルを追い詰め苦しめる事によって、実は自らも追い詰められ苦しめられていた。
もちろんその事に本人は気付いていないのだが…。
その痛みの原因を理解してない…いや、痛みを痛みとして認識してすらいない彼は、更にセイルを痛めつける事によって耐え難い不快感を忘れようとした。
確かにセイルを苛めている間だけは苦痛から逃れられた。
だが、その反動は確実に彼の心を蝕んでいった。
特に一人眠れぬ夜などは、彼は激しい良心の呵責と自己嫌悪に苛まされ、気も狂わんばかりに身悶えていた。
毎日セイルに語り聞かせている華麗なる女性遍歴は、あれは嘘だった。
彼には嘘をつく癖があった。
この女性遍歴にしても最初はほんの出来心、同僚達の前でモテる男のフリをしてみたかっただけだった。
だから嘘をついた。
それはちょっとしたイタズラ心と、モテない自分へのほんの慰めのつもりだった。
それに同僚達を見返してやりたいという気持ちもあった。
彼は人一倍プライドが高かった。
だが、その気位の高さゆえ、一度ついた嘘を取り下げる事が出来なくなってしまった。
だからさらに嘘をついた。
ついた嘘を守るために嘘をついた。
嘘に嘘を重ねた。
やがて誰も彼の言う事を信じなくなった。
むしろ侮りや蔑みの目で見るようになった。
そんな周囲の視線に気付いても、彼は嘘を止める事はしなかった。
いや、出来なかった。
虚しい絵空事だったはずの嘘の女性遍歴は、嘘で塗り固めていくにしたがって彼の中で重みを増し、いつしか彼の一部と化していた。
これを否定される事は、すなわち自分の一部を否定される事だ。
そして嘘は彼の中で“真実”となっていった。
だが同僚達の中で彼の話に耳を傾ける者は既に誰もいなかった。
だから彼は新人に目を付けた。
何も知らない純な新人達は彼の話を信じ、尊敬の眼差しを彼に向けた。
それは彼にとっては大変心地良い物だった。
だが、それが嘘だと知れた時、尊敬の眼差しは一転、軽蔑へと変化するのだった。
それでも彼は嘘を止められなかった。
毎年、年度始めの一、二ヶ月間だけが彼にとっての栄光の日々となった。

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