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剣の主
官能リレー小説 - ファンタジー系

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剣の主 340



ゼノン帝国皇帝パウロの使者がジャディード=マディーナの王宮を訪れたのは、それから数日後の事であった。
「イルシャ・ファード王太子殿下、並びにイルシャ・ジャミーラ王妃殿下、お初にお目にかかります。私、ゼノン帝国大使フェルディナンド男爵と申します」
フェルディナンド男爵と名乗ったのは、いかにも西大陸の貴族風の衣装に身を包んだ三十〜四十代くらいの男だった。
「ば〜ぶ〜!」
「よろしく、ヘルディナンド…」
「あ…私の名は“フェ”ルディナンドでございます…いや、イルシャの方々には少々発音が難しかったですかな…ハッハッハッ…」
「あ…あぁ〜ら、失礼…オホホホホホ…」
ひょっとして馬鹿にされているのか…ジャミーラは少しイラッとした。
だが彼女はそれぐらいでキレたり不快感を露わにしたりするような安い女ではなかったし、ましてや相手は外国の大使…外交問題に発展するような事態はゴメンだ。
一方、その場に居合わせたジェムも同じくフェルディナンドにイラついていた。
自分の名前を呼ばなかったからだ。
イルシャ人なら謁見の際、ファード、ジャミーラに続いて必ずジェムの名を呼ぶ。
本来ならば一臣下に過ぎないジェムを王族と同等に扱うなどおかしな事だが、そのおかしな事が常識としてまかり通っているのがイルシャ王国の…いや、ジャディード=マディーナの現状であった。
とはいえ無礼は無礼。
その場に居合わせた臣下達も口々にフェルディナンド男爵を非難する言葉を口にする。
「無礼なヤツですな…」
「まったく…これだから礼儀をしらぬ蛮夷の者は困りますなぁ…」
「フンッ…紅毛戎(こうもうえびす)めが…」
微妙に男爵当人に聞こえるか聞こえないかという小さな声…だが当の男爵は臆する様子も無く、ジャミーラとファードのいる玉座に向かって宣言した。
「本日私が参りましたのは貴国と我が国との関係改善のためでございます。…どうもアナートリア藩国を巡って両国の間に“誤解”があるようですから…。このままでは最悪の事態にも発展しかねません。それは我らが皇帝陛下も望んではおられませぬゆえ…」
ジャミーラが答える。
「それは私達も同じ気持ちです。もしイルシャ王国とゼノン帝国の間に事あらば、双方甚大な被害を被る事は予想に難くないでしょうからね…」
ジェムは両者の話を聞きつつ斜め後ろに立つシャリーヤに尋ねた。
「…おい、あの男の“男爵”という位は、どのくらい偉いんだ?」
「…はっ、私も西大陸の貴族制度については、それほど詳しくは存じ上げませんが、確か、貴族としては最低級かと…」
「なにぃ?そんな者を大使としてよこすとは…随分とナメた真似をしてくれるじゃないか…」
ジェムは改めてフェルディナンド男爵を見る。
「…?」
ふと彼は違和感に気付いた。
男爵の顔が…判らないのだ。
まるで彼の顔の部分だけ視界にボカシが入ったかのようにボンヤリぼやけている。
さっき見た時はそんな事は無かったはずだが…。
「な…なあ、シャリーヤ。あの男の顔、何かおかしくないか…?」
「はあ…?そうですね…醜男ではありませんが、かと言って美男とも…特に変わった所の無い平凡な西大陸人の顔立ちかと…」
「なに…?(あいつの顔が良く見えないのは僕だけか…目がいかれたか…いやしかし他の部分はちゃんと見える…一体どうなっている…?)」
ジェムは不思議に思いながら、改めて目を凝らして男爵を見た。
すると…次第にボヤケた顔がハッキリしてきた。
だが、それは最初に見た男爵の顔ではなかった。
「あぁ…っ!!!?」
ジェムは思わず声を上げた。
皆は驚いてジェムの方を見る。
「ジェ…ジェム!一体何なの!?急に大声を張り上げたりして…!」
ジャミーラが声を荒げつつ尋ねるが、当のジェムは男爵を見てガクガクと小刻みに震えている。
「あ…ああ…あああ…っ!!」
「な…何です…?」
男爵も訳が解らずキョトンとしている。
次の瞬間、ジェムは叫んだ。
「ア…ア…アルシャッドおぉぉっ!!!!」
「「「…っ!!!?」」」
…そう、ジェムには男爵の顔がアルシャッドに見えていたのだ。
ジェムの目に映るアルシャッドは、まるでジェムを蔑むような、見下すような表情で彼を見据えて言うのだった…。
『…ジェム…哀れな男よ…』
「う…うるさあぁぁいっ!!!!黙れえぇぇっ!!!!」
ジェムは唾を飛ばして絶叫すると、腰から下げていた三日月刀を抜き放った。
「ジェム様!!?」
「な、何をなさいます!!?」
シャリーヤや周りの臣下達が慌てて止めようとしたが遅かった。
ジェムは男爵に駆け寄ると、何の躊躇いも無く彼を斬り捨てたのだった。
「この亡霊めぇ!!死ねえぇぇっ!!!!」

 ズバアァァッ!!!!

「ぐああぁぁぁぁっ!!!?」
哀れ、男爵は何故いきなり自分が殺されねばならなかったのかも解らぬまま斬殺された。
「ハァーッハッハッハッハァッ!!!!アルシャッドおぉぉっ!!!!ザマぁ見ろおぉぉっ!!!!ヒャアァァーッハッハッハッハアァッ!!!!」
「「「……」」」
血の海の中で狂ったように高笑いするジェムに、その場に居合わせた臣下達は全員絶句していた。
「な…何という事をしてくれたの……」
ジャミーラは真っ青になり、玉座から滑り落ちそうになりながら呟く。
(フッ…これで良い…これで良いのだ…)
ただ一人、満足げに頷きながら静かに謁見の間を後にした白装束姿の人物がいた…アザトホース教団のシファーアである。
「だぁ〜♪」
何も解らぬファード王太子だけがはしゃいでいた…。


‐イルシャ=マディーナ‐
「冬至の祭を中止に…!?」
サーラは執務室でユーナックからの報告を聞いて驚いていた。
「うん、何でも『この非常時に祭に現を抜かすなど言語道断』って言って、ジェム直々の命令で中止にしたらしいよ」

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