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剣の主
官能リレー小説 - ファンタジー系

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剣の主 339



新都・ジャディード=マディーナ…
「サーラが女王に即位だとおぉぉっ!!!?」
…その報告を聞いたジェムは大激怒した。
無理も無い。
何せイルシャ=マディーナ包囲軍が聖剣の勇者の奇跡にビビって降伏したという報告を聞いたのが、ほんの一週間ほど前だ。
「うがあああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
ジェムは怒りに任せて机の上の花瓶を手に取ると、思いっきり床に叩き付けた。

 ガシャアァーンッ!!!!

それ一つで良い家が一軒建つ程の価値のある花瓶が一瞬で粉々に砕け散る。
「がああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」
彼は吼えた。
喉が張り裂けても構わないと言った勢いで絶叫した。
「おのれサーラあぁ!!!!あの魔女めえぇ!!!セイルの力を利用しやがってえぇ!!!!本当なら…本当なら俺が“その位置”にいたんだぁ!!!俺こそが“聖剣の勇者”だったんだあぁぁっ!!!!」
彼はセイルが自分の手元にいた時には、その力を利用して自分が聖剣の勇者になりすまそうだなどとは考えてもいなかった。
考えてもいなかったはずなのだが…いざ他人にやられると物凄く腹が立つ。
その手があったかぁ!!…という感じ。
何というか、出し抜かれた気分…彼はそういう男だった。
「……」
シャリーヤ(実はずっと居た)は怒れる主の傍で黙って控えていた。
ヘタに何か言えば更に火に油を注ぐだけだという事を知っていたからだ。

そこへ(運の悪い事に)ノックの音がして、一人の文官が入って来た。
「失礼いたします大執政閣下、実は来週予定している“冬至の祭”の事で打ち合わせしたい事が…」
「うるさあああぁぁぁぁいっ!!!!貴様は死刑だあぁっ!!!!」
「え…えええぇぇぇ〜っ!!!?」
可哀想に…何の罪も無い哀れなその役人は、訳も解らないまま白衛兵達によって刑場へと引き立てられて行った…。
だが、ジェムの怒りは罪無き文官一人の命だけでは収まらなかった。
彼は興奮した牛のように鼻息を荒げて宣言した。
「ふぅーっ!ふぅーっ!…何が冬至の祭だぁ!?ふざけやがってぇ!!今や我が国は国家存亡の危機にある!!!この非常時に、祭などに現(うつつ)を抜かすなど言語道断!!!今年の冬至の祭は中止だぁ!!中止!!!中止いぃーっ!!!!」
「ジェ…ジェム様!?それは…!」
これには冷静沈着なシャリーヤも思わず一瞬慌てる。
「何だシャリーヤ!!!?何か文句があるかぁ!!!?」
「……いえ、何でもありません…」
だが例によってすぐ引き下がってしまった…。

洋の東西や宗教を問わず、多くの文化に共通する祝日…夏至と冬至…つまり一年で最も日の長い日と最も日の短い日である。
イルシャ王国にも夏至の日と冬至の日を祝う風習があり、それは日ごろ娯楽の少ない庶民達にとっては大きな楽しみであった。
今年はイルシャ王国にとって本当に多難の年だった…なのに夏至の祭はバムとブムのクーデターで犠牲になった人々(上流階級多数)を追悼するという理由で中止にした。
この上、冬至の祭まで中止にすれば、ただでさえ不満の溜まっている民衆はガス抜きが出来ずに爆発する恐れがある。
だが怒り心頭の今のジェムには、そんな事まで考えが及ばなかった。
自分が深い苦痛の中にある時に他人が楽しそうに浮かれ騒ぐ事など絶対に赦さない…彼はその程度の男だった。
…いや、その程度の男に成り下がったと言った方が正しい。
なぜなら、かつての彼は今よりはまだもう少し周囲や他者への配慮があったからだ。
彼が心の余裕を取り戻す方法は、たった一つ…今の地位と権力を全て捨てて自由な時間を持つ事だ。
それは、とても簡単で…そして、とても困難な事だった…。

ジェムはさっそく支配地域の全域に布告を出した。

“今年の冬至の祭は中止、守らぬ者は死刑”

直前の中止命令に民衆は愕然とした。
その日を境に太陽の活動が再び活発化し始める“冬至”は“復活”のイメージを伴う。
多くの人々は“傷付いて衰えたイルシャ王国”が再び勢いを盛り返す事を願い、冬至の日は盛大にお祝いしよう…と考えて準備を進めていた。
その矢先の突然の中止命令だったから民衆の失望も怒りもまた大きかった。
この件によって、民衆の心は完全にジェムから離れた…。

ここは王宮の地下牢……そこにはジェムの怒りを買って投獄されたヤヴズ・レムが未だ収監されていた。
「はぁ…私の人生は一体何だったのだ…いや、こうして生きているだけでも感謝すべきなのだろうか…だが、しかしなぁ…はあぁ…」
レムは毎日、臭い飯を前にする度に、こうして溜め息を吐いて後悔の念に捕らわれブツブツ言っていた。
何せ決まった刑期がある訳じゃない。
一体いつジェムのお怒りが解けて釈放されるのか…それとも一生このままなのか…まったく判らないのだ。
「ククク…懐かしいですなぁ…私も一時はアナタのように、そうやって悔やんで日々を過ごしていたものですよ…」
向かいの牢の中から声がする…セイルの父、クルアーン・オルハンだ。
「オルハン…君も悔いていたのか」
「ええ…ですが次第に落ち着いてきました…この昼も夜も無い…地上の時間の流れとは隔絶された空間に長くいると、感情も麻痺して来るのでしょうなぁ…今は穏やかな心持ちですよ…」
「私も早くそうなる事を願うよ…」

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