剣の主 330
「マラクン様!ありがとうございます!ありがとうございます!!」
老女は泣きながら術師に何度も何度も頭を下げた。
術師は言う。
「我ではない…全ては我らが神の御業(みわざ)…我らが神のご意志なり…!」
「「「…ワアアアァァァー―――ッ!!!!」」」
人々の間からまた歓声が上がる。
「マラクン様ぁ!」「救世主様ぁ!!」
「神よぉ!!」「神様ぁー!!!」
「神は偉大なり!」
「「神は偉大なり!!」」
「「「神は偉大なりッ!!!」」」
「「「「神は偉大なりッ!!!!」」」」
群集は口々に神を称える言葉を叫び、それは次第に一つになっていった。
「よ…よし、行こう…!」
「は…はい!」
その熱狂の中、レムと白衛兵達は群集を掻き分けて術師の方へと近付いて行った。
それに気付いた人々が殺気立つ。
「な…何だぁコイツら!?」
「役人かぁ!?」
「いや、白衛兵だ!!ヤヴズ・ジェムの私兵だ!!」
「まさか!マラクン様を捕らえに来たんじゃあ…!?」
「そうはさせるか!!神の御前で騎士が何だ!!」
「そうだぁ!!!叩き殺しちまえぇ!!!」
いきり立つ群衆にレムと白衛兵達は恐怖感を覚える。
数は向こうの方が圧倒的に多いのだ。
もし襲いかかって来られたら一巻の終わりである。
レムは必死に否定した。
「ままま…待て待て待てぇ!!!私達はお前達の敵ではない!!!よ…用が…!!そこのマラクンという術師に用があって来たのだぁ!!」
「……」
術師は守るように自らの前に立ちふさがっていた白装束達に言った。
「…良い、大丈夫だ…彼らから敵意は感じられない…」
「は…」
白装束達が道を開き、レム達は術師と相対する事が出来た。
「ふぅ…済まぬ、助かった…」
「…あなた方、先ほど我に用があって来たと言ったが…」
「そ…そうだ!そうなのだ!マラクン殿、貴殿のその不思議な力で是非とも救ってもらいたいお方がいるのだ!」
「…誰ぞ…」
「それは……ここでは言えぬ。王宮へ来てもらいたい」
「……」
術師は少しの間、思案するように黙り、やがて静かに口を開く。
「…解った…では参ろう…」
「シファーァ様…!」
「おやめください!危険です!」
周囲の白装束達は慌てて止めようとするが、術師はそれらを制止するように見回して言った。
「…そこに救いを求める者があれば、例えどのような危険な所であろうとも私は行く…例えそれで命を落とすような事になろうとも、全ては神の思し召しぞ…」
「「「ははぁー!!」」」
その言葉に白装束達は一斉に頭を下げる。
レムは言った。
「有り難い!ではさっそく参ろう。王宮内での貴殿の身の安全は私と白衛隊が責任を持って守るから安心してもらいたい」
そして術師はレム達と共に、側近の白装束数名のみを伴って王宮へと向かった…。
王宮へ向かう馬車の中、術師はレムに言う。
「…先の、我が弟子と信徒達の態度…許してやってもらいたい…全ては我の身を案じての事…」
「あぁ、良い良い、気にするな。罰したりはしない(意外と腰が低いのだな…)」
好感を覚えたレムは尋ねた。
「ときに、マラクン殿の使う“奇跡の術”というのは、あれは一体何なのだ?既存の物とは体系の異なる魔法医術の一種か?」
「…魔法医術などではない…あれは神の御力だ…」
「…どの神だ?月の神カマルか?太陽の神シャムスか?大地母神アルドか?それとも戦いの神ハルブか?」
「…どの神とも異なる…恐らくその尊き御名を聞いても、あなた方は知らないだろう…」
「なんだ、もったいぶるなぁ…ひょっとしてその首飾り、その神の姿を象ったものか…?」
そう言ってレムは術師が下げている金の首飾りを指差した。
それは蛇のような生き物が数匹、互いの尻尾を喰って環状に連なった意匠をしていた。
「…いかにも…」
「ふむ、してその神の名は…?」
術師は答えた。
「…アザトホース……それが我らが神の御名だ…」
‐ジャディード=マディーナ王宮‐
「うがあああぁぁぁぁぁぁっ!!!?あああぁぁぁっ!!!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い痛い痛い痛い痛い痛いいぃぃっ!!!!あ゛あ゛あ゛ぁぁぁー―――っ!!!?」
ジェムは寝室のベッドの上で頭を押さえて転げ回っていた。
扉の前では警護の白衛兵達が小声で話し合っている。
「酷い叫び声だな…お気の毒な事だ」
「いや、御典医に聞いたんだが、叫ぶ事で自分の声が脳に響いて余計に辛いらしい。同じ病の者は、その事を知ると大抵大人しくなるそうだ」
「なに?…じゃあアレは…」
「あの病の患者は二種類に別れるらしい…少しでも苦痛が無いように大人しくしてるヤツと、ガキみたいに暴れて叫んで余計に苦しむバカとにな…」
「ふ〜ん…なんかさ、罠にかかった獣みたいだよな。罠から逃れようと暴れて、けっきょく傷口を広げて衰弱して死を早める…」
「確かに、ありゃあホントもう動物と同じだよ…」
「ああ、違えねえ…」
そんな話をしていると、不意に第三者の声がした。
「誰が動物と同じだと…?」
「げぇっ!!!シャ…シャリーヤ様ぁ!?」
「ち…違うんです!!今のはぁ…っ!!」
「……っ」
だが次の瞬間、シャリーヤの剣が一閃する。
白衛兵達の首がゴロンゴロンと床に転がり胴体はバッタリと倒れた。
(解っているさ…あのお方(ジェム)が世間一般のいわゆる“常識”とやらから見て軽蔑されるべき人間だという事は…)
剣を鞘に収めながらシャリーヤは思う。
(だが私は誓ったのだ…あのお方に忠誠を…。決めたのだ…例え全世界があのお方の敵になろうとも、私は最後まであのお方をお守りすると…。私にはもうあのお方しかおられないのだから…。そう、私はあの恩知らずとは違う…。あのお方の愛情を一心に受けておきながら、あのお方を捨てて逃げた、あの裏切り者のクルアーン・セイルとは…)
なぜそこでセイルが出て来たのかはシャリーヤ自身にも良く解らない。