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剣の主
官能リレー小説 - ファンタジー系

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剣の主 300

だが、ファフラビは彼らに対し、指揮官としての役割以外の物も期待していたのだった。
「ところで、君達の部下の中に、戦闘の際に取り乱したり逃亡する可能性のある者はいるかね?」
「「……」」
ファフラビの問いに、ハディードとサラームの頭には真っ先に二人の顔が浮かんだ。
「…そ…それは…」
「そのような者、我が隊にはおりません」
言いよどむハディードの言葉を遮ってサラームはきっぱりと言い切る。
「皆そう言うのだ…」
ファフラビは言った。
「…もしも実戦において、恐怖から錯乱して喚き散らしたり逃亡を図ろうとする兵が現れた場合、即刻その銃で射殺せよ」
「そ…そんな…っ!?」
ハディードは驚き目を見開いた。
「部下を殺せというのですか!?」
「そうだ。…銃兵は隊列を組んでひと固まりとなってこそ攻守共に威力を発揮する。大勢で固まる事で恐怖心を抑えるという効果もある。物理的、心理的、共に鉄壁と言って良いだろう。だが逆に言えば、内部の一人に恐怖心が芽生えた場合、周囲に伝染しやすいという弱点もある。集団心理が裏目に出る訳だ。そうなれば終わり。足並みが乱れて隊列が崩れれば銃兵は途端に無力となる」
ハディードが尋ねる。
「だから…その原因となりそうな者は排除しろ…という事ですか…?」
「そうだ。だが一人を殺す事が残り全員を救う事になる。どちらを選ぶかは明白だろう?」
「「……」」
「残酷だと思うだろうな…だがこれこそが新しい時代の戦術なのだ!一人一人の力は弱い…だが集まれば絶大な威力を発揮する…それが“戦列歩兵”なのだよ!」

天幕を出て最初に口を開いたのはサラームだった。
「…どうも好きになれませんな。あのお方の仰る“新しい時代の戦術”というやつは…」
「でもお前はいざその時になったら撃つんだろう…?」
「…まぁ、それが最善の行動というのであれば撃つでしょうな…」
「ハァ…そうだよなぁ…お前はそれが出来る男だ…」
ハディードは嘆息し、頭を抱えた。
「…俺には出来ないかも知れない…いや、きっと出来ないよ俺は…敵を殺す事さえ躊躇いそうなのに、ましてや部下を殺せだなんて…何だよ…戦列歩兵?ふざけんな…完全に頭イカレてるだろアレ…」
「確かに正気の沙汰とは思えませんなぁ…ですが…時代なんでしょうなぁ…」
そう言ったサラームの目には、一種の“諦め”のような物があった。


ナスィーム州はイルシャ王国内では人口・面積ともに中規模の州であり、これといった産業も無く、農業主体の田舎州だ。
だがこの州の太守が王家への忠誠心の大変に篤い人物で、王家を乗っ取って国政を欲しいままにしているヤヴズ一族に対し、常日頃から反意を抱いていた。
彼は各州に規模に応じて課せられている軍備の制限を密かに無視し、通常の倍以上の兵を養っていたのである。
そして時は来た。
アルシャッド王太子率いる反乱軍の挙兵……多くの州が呼応して中央に反旗を翻す中、ナスィーム州も当然の如く兵を挙げた。
ナスィーム州軍は近隣の王家直轄領に攻め入り、瞬く間に国軍を蹴散らして占領。
これを手土産にアルシャッド軍に合流し、共に戦うつもりだった。
だが合流前にアルシャッドが死に、反乱軍は瓦解・離散……国軍の反攻勢を恐れたナスィーム州軍は大慌てで自分達の領地へと引き返したのだった…。

…そして今、ついにファフラビ将軍率いる討伐軍がナスィーム州へと迫って来たのである…その数、約3万。
迎え撃つナスィーム州軍は約8万…数の上では州軍の方が優っている。
ただし装備の点から見ると、ファフラビの討伐軍は銃や大砲を充分に揃えた近代軍。
対するナスィーム州軍は旧態依然とした旧式装備。
これで実際に戦えばどうなるか…両者共に全く予測不能だった。
そこでナスィーム太守は賭けに出た。
籠城という選択肢を捨て、数の優位に任せて州都手前の平野で決戦を行う事にしたのである。
この平野は小さな丘程度の起伏は多少あるものの、周囲には数十里に渡って山も無く、遠くまで良く見渡せる…まさに会戦には持って来いの地形であった。

そして訪れた決戦当日、朝靄の立ち込める中、ついに両軍は対峙した。
「ち…ちくしょう、今になって急に足が震えて来やがった…」
「ははは…パ…パサン、お…お前も何だかんだ言って怖いんだな…」
「バ…バカヤロウ!こ…これは…あれだ!武者震いってやつだ!」
イスカンダリアの兵士達は僅か数回の射撃と行進の訓練をしたのみで実戦に投入された。
ファフラビ配下の指揮官が言う。
「良いか貴様ら!敵が迫って来ても命令があるまでは決して撃つな!また、逃げる者は我ら指揮官が容赦なく撃ち殺すから覚悟しておけ!」
これに対してサラームが抗議した。
「我らイスカンダリア市軍は国王陛下に忠誠を誓った騎士だ。敵を前にして逃げるような者はおらん。取り消していただきたい」
指揮官はそれに対しては何も言わず、号令を下した。
「……中隊!!三列横隊に整列!!」
兵士達は言われた通りの隊形に並ぶ。これも訓練した。
三万の軍が各々部隊ごとに固まりを作っていく。

やがて朝靄が次第に晴れてきた…。
「敵だ…!!」
誰かが叫んだ。
敵もこちら同様、既に陣形を整えて待ち構えていた。
その背後にはナスィーム州都の城壁がそびえている。
「矢だぁ!来るぞぉ!!」
数万という弓兵部隊が弓を引き絞り、矢を放った。
イルシャでは士族以上は飛び道具を嫌うので、これは平民から成る。
ファフラビ軍に矢の雨が降り注いだ。
パサンら銃兵部隊の前には槍兵部隊が位置しており、彼らが身を挺して矢を防いでくれている。
密集隊形で長い槍を立てれば矢避けになるのだ。
それでも防げない矢が銃兵部隊にも襲い掛かる。
「ギャッ!!」
「ぐあぁっ!!?」
あちこちで悲鳴が上がり、兵士達がバタバタと倒れていった。

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