剣の主 293
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……
…
…これがこの一ヶ月の間に起こった事だ。
ここまでの回想を終えてアルトリアは思う。
(…失った物は大きかったが、それによって新たに得た物もまた大きかった…)
あるいはこの苦難は神々が彼に課した試練なのやも知れない…とも彼女は思った。
とにもかくにも彼は聖剣の勇者としての真の力を発現させたのだった。
セイルは兵士達に聖剣を向けて言う。
「まだこの水の刃に斬り刻まれたい者はいるかぁ!!?」
「「「……」」」
誰も何も言わない。
一人の兵士は隊長に尋ねた。
「た…隊長ぉ…どうしましょう…?」
「…あ……わ…私は……じょ…上官に指示を仰いで来る!それまでお前達だけで何とか対処しておけぃっ!!」
「そ…そんなぁ…っ!!?」
「待ってくださいよぉ…っ!!!」
隊長は上手い事を言って逃げ、兵士達はどうして良いか判らず途方に暮れる。
誰も二人の前に立ちふさがる者は無かった。
一方、サーラ軍の兵士達も城壁の上からその様子を見ていた。
「あ…あいつら一体何者だ…!?」
セイルとアルトリアは城門の真下まで来て叫んだ。
「お〜い!今のを見ていただろう!?僕は味方だぁ!!中に入れてくれぇ!!!」
兵士達は顔を見合わせる。
「…と言ってますが、小隊長殿、どうしましょう…?」
「わ…我々では判断しかねる。とりあえずサーラ様にご報告し、指示を仰ごう」
…どこの軍も似たような状況らしい。
まあ士族階級とはいえ百年以上も平和な時代が続いて半ば文官化しているのだ。
急に戦乱の中に放り込まれて、すんなり適応できる者は多くない。
「とりあえずあの者の名を訊いておけ」
「ですね…おーいっ!!お前、名前はーっ!?」
「僕は…クルアーン・セイルだ!!」
イルシャ・マディーナの中心…旧王宮…そこにサーラはいた。
今はちょうど指揮官達を集めて評定の最中であった。
「このまま籠城を続けたとして、あと何ヶ月持つかしら?」
「おおよそ一ヶ月弱…といった所でしょう」
「たったそれだけ…いえ、今の王都の人口を考えれば仕方ないわね…」
「ええ、我が軍の兵が10万、民間人が30万…計40万の大所帯です。ここは東部一帯の食料の集積地だった事もあって、食料の備蓄は大量にありました。それでもこれが現状です…」
…旧王都イルシャ・マディーナはイルシャ王国の中心よりやや東寄りに位置し、西には新都ジャディード・マディーナの浮かぶ巨大湖アズィーム湖があり、二つの都の間にはセイル達の越えて来た広大な砂漠地帯が広がる。
ちなみにアズィーム湖から更に西へ行くと東西大陸を隔てる大海だ。
海岸沿いには“東大陸の玄関口”と呼ばれる港湾都市イスカンダリア市があり、セイルの親友のパサンがいたのはここ。
そのパサンの現状は後に語るとして話を旧王都に戻すが、かつてこの都は100万近い人口を擁するこの世界有数の大都市であったが、相次ぐ混乱と遷都により現在は30万にまで減少していた…。
「このままじゃあジリ貧ね…いっそ打って出るというのも手かしら…?」
眉間にシワを寄せるサーラに指揮官の一人が応えた。
「しかし、我々を包囲している敵は倍の20万…会戦になれば勝ち目はありません。このまま籠城を続けている限り敵も我々に手出し出来ないでしょう」
「確かにね…。でもいくら20万とはいえ、この巨大な王都の全周をぐるりと包囲している訳だから、その囲みは薄いはずよ。どこか一点に集中攻撃をかければ意外と簡単に突破出来るんじゃないかしら…?」
指揮官達は口々に反対する。
「しかし突破出来なければ…我々は左右から続々と押し寄せる敵に挟み撃ちされてしまいます」
「それに仮に突破したとして、その後は…?」
「左様、やはりこのまま籠城を続けるのが最善です」
「国内には未だ我々に賛同する勢力が点在しております。我々が抵抗を続けていれば、いずれ彼らが参集し敵を背後から突いてくれましょう。その時はじめて我々も打って出られるのです」
「それはいつよ!? 私達が日干しになって死に絶えた後で援軍が来ても遅いのよ!?」
どうにも消極的な指揮官達に苛立つサーラ。
そこへ一人の兵が現れて告げた。
「ご報告します!今、一人の男が敵の囲みを突破して、サーラ殿下に謁見を求めて参りました!」
「「「はぁっ!!?」」」
有り得ない報告に指揮官達はもちろんサーラすらも驚く。
「た…たった一人で敵の包囲を破っただと!?」
「…となると、殿下の仰る作戦も不可能ではない…か?」
包囲突破がいかに簡単であるかを示され意見が揺らぐ指揮官達。
一方、当のサーラは疑い、兵に尋ねた。
「…少し怪しいわね。私達を油断させて刺客を送り込むため敵の敵の演出とも考えられるわ…。その男はどんな風貌をしていたの?」
「はあ、それがちょうど殿下と同年代ほどの…年の頃15〜6といった少年で…名をクルアーン・セイルと名乗っておりました」
「え…っ!!!?」
その名を聞いた途端、サーラは目を丸くした。
「間違い無いの!!?」
「はい、確かにクルアーン・セイルと名乗っておりました」
「…会う!会うわ!今すぐに!彼を通して!早く!」
「で…殿下…?」
「みんな!悪いけど今日の評定はこれで終わりよ!解散!もう帰って良いわ!」
「「「えぇ…っ!?」」」
「さぁ!彼のいる所へ案内してちょうだい!」
「か…かしこまりました!」
「「「……」」」
それまで訝しんでいた事も忘れ、興奮しているのか頬を紅潮させながら、クルアーン・セイルなる少年に早く会わせろと連呼するサーラ。
彼女がそんな表情を見せた事は今まで無かったので、指揮官達は“これは…”と顔を見合わせ肩をすくめた。