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剣の主
官能リレー小説 - ファンタジー系

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剣の主 187

「このばか!」
ポカッ
「痛っ!ちゅ…中隊長殿!?」
皆に遅れて追い付いて来た中隊長が小隊長の頭をぶった。
「何でぶつんですか!?」
「君は代表だ。…まったく君達ときたら責任責任って…目の前でこれだけの大惨事が起きているのにまだ自分の心配かい?自分の事しか考えられないのではあのアブ・キルを笑えないぞ」
「も…申し訳ありません。それで、どうしましょうか?ヤツは人質を取って滅茶苦茶な要求をしています」
アブ・シルも言う。
「こうなったらヤヴズ・ジェムを呼んで来るしかないんじゃないでしょうか?」
「それには及ばないよ。彼の目的はヤヴズ・ジェムではない。そんな物は暴れるための表面的な理由に過ぎない」
「ちゅ…中隊長殿、それではアブ・キルは一体何のためにこんな事を…?」
「解らないのかい?彼の性格を考えてみなさい」
「「「……」」」
皆は考えた。
アブラハムが恐る恐るといったように口を開いた。
「…構って欲しかったから…じゃないかな…誰かに…」
「構って欲しいからだって…そんな馬鹿な!」
「いくらあのアブ・キルでもそんな理由でこれだけの人を殺す訳ないだろ!」
だが中隊長は言った。
「アブラハム君の言う通りだ」
「「「えええぇぇぇぇぇっ!!!?」」」
皆は驚いた。
中隊長は続ける。
「この犯行は彼なりのメッセージだ。私には彼の心の声が聞こえる。助けてくれ…。誰か俺を見てくれ…。俺はここに居るぞ…とね…」
「そ…そんな…そんな事のために、こんなにたくさんの人々の命を…!?」
「それがキ●ガイだよ、君」
「「「……」」」
皆は言葉が無かった。

アブ・キルは叫び続けていた。
「おい!!早くヤヴズ・ジェムを連れて来るんだ!!このガキがどうなっても良いのかぁ!?」
だが彼は心の中では全く違う言葉を叫んでいた。
(一体どうなってんだよ!?何で俺こんな事してんだ!?誰か助けてくれぇ!!誰か俺を止めてくれぇ!!)

 ……

実は支給金を減額された後、彼は働かずに生きる道を一つだけ見付けていた(真面目に働くという選択肢だけは無いのであった)。
それは密告…反体制派の摘発を強化していたジェムは密告を奨励し情報提供者には多額の恩賞を出していた。

きっかけはたまたま耳にした隣家の会話だった。
彼は安下宿で寝起きしていた。
壁は割と薄く、隣の部屋の会話は(詳しい内容までは判らないが)誰かと誰かが何かを話し合っているのだろうな…という程度には判った。

彼の隣に住んでいたのは子持ちの若い職人夫婦だった。
彼はこの家の主人が前から気に入らないと思っていた。
自分と大して変わらない歳のクセに妻を貰って子供まで作っている。
近所付き合いも良く、きちんと貯金もしているらしい。
廊下で会ったりすると丁寧に挨拶される。
(どうもこういうヤツは虫が好かないぞ…あの笑顔の裏で、腹の底ではきっと俺を嘲笑っているに違いないのだ…)
彼はそう思っていた。
そんなある日の事、彼は偶然、隣家の主人がヤヴズ・ジェムの悪口を言っているのを聞いてしまった。
ハッキリ聞いた訳ではなかった。
ただ、そんな事を話しているような雰囲気だったのだ。
だから白衛隊に密告した。

翌日、主人は泣き叫ぶ妻と子供を残して逮捕・連行されて行った。
そして彼は二度と戻って来なかった。
数日後、主人は王宮前広場で首をハネられた。
そして彼には大金が贈られた。
(やっぱりヤツは反体制派の人間だったんだな)
彼は自分が間違っていなかった事を知った。
残された妻と子供はどこかへ引っ越していった。
こうして彼は“密告”の味を占めた。
それからも彼は反体制と思しき人間を何人も“発見”して密告した。
なぜか反体制派は近所の人間…または彼が嫌いだと思う人間に多かった。
それだけヤヴズ・ジェムに反意を抱いている者が多いという事だな…と彼は思った。
何人も…何人も…彼は密告を続けた。
自分の悪口を近所に言いふらした(に違いない)オバサン、わざと自分に小さい魚を売った(に違いない)魚屋、すれ違いざまに自分を見て嘲笑った(に違いない)男女…みんなみんな白衛隊に逮捕され、処刑された。
貰った恩賞金で再び“飲む・打つ・買う”の生活を送るようになった。
やがて彼は町内でも一目置かれる存在になった。
自分は国の平和のために正義の行いをしているのだから当然だ…と彼は思った。
きっと自分は反体制派を見つけ出す天才に違いない…と彼は思っていた。
密告した者は必ず反体制派である事を自白したからだ。
ある時など、ただ公園でたたずんでいただけの男を試しに密告してみたら“白衛隊の取り調べの結果”反体制派である事がった。
この時はさすがに自分の才能が恐ろしくなると同時に、この天から与えられた才能を世の中のために活かす事こそ自分の使命なのだと改めて実感した。

だが…

いつしか、彼は悪夢にうなされるようになった。
内容は、今まで密告した人々が、自分に復讐をしに来る夢だった。
それは日増しに酷くなっていった。
ある時など、自分が嘘の密告をされ、酷い拷問に掛けられた挙げ句、ついに嘘の自白をしてしまい、処刑される…という夢を見た。
処刑された瞬間に目覚めて飛び起き、それで初めて夢だと気付いてホッとした。
嫌な夢を忘れるために彼は酒を飲み、博打に興じ、女を買い、そして反体制派探しに熱中した。
だが、悪夢は更に酷くなり、次第に彼の精神を蝕んでいった。
ついには彼は目覚めている間も恐怖に恐れおののくようになってしまった。

 ……

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