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剣の主
官能リレー小説 - ファンタジー系

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剣の主 179

「…先輩、最近世の中が急速に窮屈になっていってる気がしませんかぁ…?」
「何かあったか?」
「行き着けの定食屋が飯代を値上げしたんですよ」
「何だ、そんな事か…」
「重要な事ですよ!!別の食堂はライスとキャベツのおかわり自由が売りだったのに、この前行ってみたら『そのサービスは止めました』って…。それに市場に行ってみたら食材が物凄い値上げされてて…」
「食い物の事ばかりだな…しかしまあ、窮屈さなら俺も感じてるよ。皆が他人に対して不寛容になって…しかも他罰的になってる。以前だったら笑って済ましていた些細な事にカッとなってキレる人が増えたね」
「ほんと…ジェムが大執政の地位に就いてから世の中おかしいですよ…」
「しっ!滅多な事を口にするんじゃない。どこで白衛隊のスパイが聞き耳を立てていないとも限らない。先週第一中隊のヘブラヒムが捕まって処刑されたのは知ってるだろう?以前彼は酒の席で大声でヤヴズ・ジェムの批判をした。そのたった一度きりだけだった」
「それにしても白衛隊だってそんなに大所帯じゃないでしょう?」
「確かに白衛隊だけで王都の隅々まで目を光らせるのは不可能だ。だが白衛隊ならずともヤヴズ・ジェムに賛同する者や恩賞目当てに密告する者は決して少なくないぞ」
「後者は多いでしょうね。でも前者は…ジェムなんかに賛同する人間なんて居るんですか?」
「居るんだよ。ヤヴズ・ジェムは口が上手い。ヤツは甘い言葉で大衆を欺いて自分の手足として思いのままにしている。…ま、ここで言う“大衆”ってのは特に思慮の浅い短絡的な連中の事だけどね。それだって広い王都だ、結構な数になる。当然、衛士隊内にも居るだろう。彼らは普通の人間なら見抜けるであろうジェムの嘘を信じて、ジェムが正しいと信じて、ジェムの尖兵として働く。中には“支配する側に回って優越感に浸りたいから”という理由でジェムの忠実な奴隷を演じる者も居るだろうがね」
「ハァ…という訳で言いたい事も自由に言えない世の中ですか…こんな世の中で良い目を見るのは要領良く生きられる人間だけでしょうね。誰とは言いませんけど…セイルとか…セイルとか…セイルみたいに…」
ふてくされるアブラハムをアブ・シルはたしなめた。
「おいおい、男の嫉妬はみっともないよ。セイル君がそういう人間じゃない事は君も充分知ってるだろう?一緒に働いた期間は短かったが、あんな馬鹿正直でお人好しな子は今時なかなか居ないよ」
「でもあいつは変わってしまいましたよ。今や誰もが憧れる華の宮仕え…しかも大執政ヤヴズ・ジェム閣下様直属の騎士なんだもの…ハァ〜…世の中は不公平だぁ…」
「やれやれ…変わったのはセイル君よりも“君がセイル君を見る目”のようだねぇ…」
すっかり“ひがみモード”のアブラハムにアブ・シルは呆れるしかなかった…。


ある休日、セイルはアルトリアとミレルと共に、食料品の買い出しに市場へ来ていた。
「あ〜あ、最近食料品の値上がりが激しくてやんなっちゃいますよぉ…」
「まあまあ、その内また値下がりするさ」
「しかしウマル殿が言っておられましたが、今年はどうも冷夏の影響で農作物全般は不作の可能性が高いようですよ。商人はその辺の情報に敏感ですから不作を予期して今から値上げしているのかも…」
「でしたらオルハン様のしてる事は大変な事なんじゃないですか?いざという時のための備蓄の食料を売ってお金に替えてしまってるんですから…」
ミレルはもうオルハンの事を“旦那様”とは呼ばない。
「いくら父様だって馬鹿じゃない。売ったのは備蓄の食料の三分の一だけだ。まだ国庫には王都の民の全員がひと冬しのげる量くらいは残ってるよ…」
一同がそんな話をしていた時であった…。
「キャーッ!!!」
「うわぁ〜っ!!?」
突然、人ゴミでごった返していた市場の一角から悲鳴が聞こえてきた。
「どけどけぇ!!」
「邪魔だぁ!!道を開けろぉ!!」
見ると純白の衣服に身を包んだ男達が道行く人々を突き飛ばし、道に開かれた露店をひっくり返しながら進んで来る。
白衛隊の連中だ。
「オラオラァ!!薄汚ぇ庶民共が高貴な俺様に近寄るんじゃねえ!臭ぇ匂いが移るだろうがよぉ!」
その真ん中に金糸で刺繍がされた紫色の悪趣味な上着を羽織ったド派手な若い男がいた。
「あれは…」
その姿を見たセイルは僅かに眉を潜める。
アルトリアが尋ねた。
「セイル様、あの小物感丸出しの馬鹿をご存知なのですか?」
セイルは頷いて言った。
「ヤヴズ・ゲム…ジェムの遠縁に当たる親類で、彼が内務大臣の地位に就けた元不良青年だよ。ジェムの権威を笠に着て、あの通りやりたい放題してるんだ…」
「何とまあ…絵に描いたようなクズですね…」
ヤヴズ・ゲムは果物が詰まれた棚からリンゴを一つ取って食らいついた。
「へぇ…美味そうだな。一つ貰うぜ」
「あ…あのぉ…」
店主と思しき年配の男が恐る恐るといった風に言う。
「…あ?何だよ?薄汚ねえ面近付けんじゃねえよ」
「いや、その…お題を…」
「…何だと?貴様ぁ…この俺から金を取る気かぁ!!?俺は大執政ヤヴズ・ジェム様の母親の妹の夫の兄の妾の子だぁ!!お前のような身分卑しい賤民なんぞ百万人集まっても俺の毛一本ほどの値打ちも無いんだぞぉ!!」
「いや他人じゃん!それ姻族どころか赤の他人じゃん!」
「何だとぉ!?おい野郎共、やっちまえ!」
「「「はっ!!」」」
白衛隊の隊員達は商品棚をひっくり返し、店を破壊し始めた。
「や…やめてくれえぇ〜!!」

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