ロイ――新世界を刻む者 24
「どうされました?シスター」
読書の為にかけた小さな縁の細い眼鏡を押し上げながら…いつもの柔和な笑みを浮かべシスター・アンを見つめるブレンダン。
「よろしければ…少しお話を伺いたいと思いまして」
シスター・アンも柔らかに微笑みかけてくる。
「私でお話出来る事であれば…喜んで」
そんなシスター・アンにブレンダンは読みかけの蔵書を閉じると両手を広げて歓迎の意を表した。
「失礼致します…」
シスター・アンは全く淀みのない動きでドアを閉めるとブレンダンの座るデスクに近付いてきた。
“本当に視力を失っているのであろか?”
ブレンダンにそう思わせるに充分なシスター・アンの動きであった。
更に驚くべきは…。
「本当でございます…」
シスター・アンは人懐っこい笑顔を浮かべるとブレンダンの心の中の疑問に答えてみせた。
「いよいよもって…王国も『新世界』の本格的な統治に乗り出すのでしょうか?」
シスター・アンは控えめとも取れる感じでブレンダンに尋ねた。
「恐らくは…」
ブレンダンは優しく笑って応えた。
「グロリアス・ノヴァの人々は貧困にあえいでおります。
王国はその様な人々をまだ増やすおつもりなのでしょうか?」
シスター・アンの口調はどこまでも穏やかであった。
「その様な事にならない為の統治だと思うのですが…」
ブレンダンの言葉も限りなく穏やかだった。
しかし、
「――やはり、本国はこの街を実験農場や馬畜の品種改良程度にしか考えてはいないのですか」
三十路前ながら、薄幸の少女のごとき表情で憂うシスター・アン。
ゴッコは大きく目を見開いた。
先ほどの視力云々ならば場の空気で返答することも、まぁ、可能だ。
だが、今度はさらに複雑に、しかも表面とはまるっきり異なった自身の思考をこの褐色肌の修道女は読みとったのである。
「……ええ、司祭。その通りです。私は――人の心が読める。それが、この光を失った双眸の代わり……」
「ほぅ?それは面妖な……」
「ええ…そうですね…」
シスター・アンは何処か寂しげに小さく微笑んだ。
「しかし…人の心が見えると言うのは聖職者にとっては非常に都合の良い事ではありませんか?」
シスター・アンの力を肯定する為のゴッコの思いやりに満ちた言葉であった。
「確かに…都合の良い事もありますが…ただ…」
「ただ?」
「主の教えだけ…言葉だけでは人々を救えぬ事をしみじみと実感してしまいます」
寂しく綴るシスター・アンの言葉にゴッコは雷に打たれた思いだった。