ロイ――新世界を刻む者 3
ロイはあえて「私には――」とは付けなかった。
自分でなくとも『限りなく正確な地図』は記せるからだ。
自分が記したいのは、『正確な地図』。
不可能であろう、無意味であろう。
それでも、記さなければならないのだ
「ふぅむ……ならば、貴殿に依頼がある。これは国内の仕事ではないからの、断っても良い」
ロイは黙って、王の続く台詞を予想した。
そして、王は予想どおりの台詞を言う。
「――新世界を紙に刻み込んでみないか?」
「それで、おまえは頷いたんだろう?」
「ああ、カレル。正確な地図を刻むのが俺にとっては使命だからな」
王城を出たロイは親友にして義兄のカレル・フランツの王都に構えた自宅に訪れ、酒を飲みながらウィルフレッド王との謁会の内容を話した。
この義兄は王国有数の名医であり、薬学者である。
良い酒だ。
「王国の地図作成の次は新世界……使命は解るが、ロイ。お前さんも若くないもう少し自分に労わったらどうだ?」
「すまないカレル。でも、これは俺の使命なんだ。それに…………」
「それに?」
途方もない難事業をやるロイに無茶をするなとカレルは諫言する。
それに対してロイは申し訳ないとは思うが、これが自分の使命なのだ。
生き残った意味なのである。
「こうでもしないと、死んだあいつらに俺は顔向けが出来ないんだ――許せ」
「ロイ…………………」
正確な地図を作らないと生きていけないとロイは沈んだ顔でカレルに話す。
苦悩する義弟を前にカレル何にも言えなかった。
「おまえも歳だ…これが最後の別れになるかもしれんな…」
「にゅ……」
測量で家を留守にする間、カレルに預かってもらっていた愛猫ピューラが小さく鳴いた。
もう、十歳を優に超えているため、元気に鳴く姿はここ数年、終ぞ見たことがない。
ロイは足元に丸まる、そんな年老いた友を見つめ――淋しげに微笑みかけた。
もう一人の友は…その様子をやはり淋しげに見つめる事しか出来なかった。
しばらく、静寂を肴に酒を酌み交わす二人。
もう、カレルとは三十年来の付き合いになる。
互いになにも喋らずとも、気まずくはならなかった。
よくよく、考えれば長い付き合いだ。
子供の頃、王国辺境の村で同じ歳に生まれた。
その三年後、カレルの実妹――クリスが生まれた。
さらに十六年後、自分はそのクリスと結婚し、間もなく娘が生まれた。
――しかし、十一年前。
これまで、経験したことのないような大嵐により河川は氾濫、村など、その奔流の前では子供の作った砂城と同じであった。