ロイ――新世界を刻む者 2
「はっ……此処に」
どこか憂いを忍ばせた面持ちで作りかけの地図を差し出すロイ。
「おぉ……これは……コレはっ――」
ウィルフレッドの柔和な瞳に少年の好奇の光が灯りだす。
「して…オーガストよ!この続きを完成させるのに、あと幾数日の月日を要するのじゃ?」
さすがは智王と呼ばれた老王……その声は未知なる物への期待と興奮に満ちていた。
しかし、ロイはゆっくりと首を振る。
「私ができるのはここまでです」
「……なに?」
「私が測量してきたのは国領地。地方貴族の領地は私の――王国の測量士の手の及ぶ場ではありませんので」
「……ふぅむ」
ウィルフレッドは白くなった顎髭をソッと撫でる。
そして、「ならば――」と続けた。
「オーガスト。貴殿は……『新世界』を知っておるな?」
「は?……はい。もちろんでございます」
一瞬、返答に窮したロイだったが、自分が相手している人物を思い出し、あわてて答えた。
「――どう思う?」
「どう……とは?」
「かの地の…正確な地図を作る事は可能かな?」
「正確な地図…」
ロイは両目を硬く閉じた。
“パパ!助けて”
“あなた…あなた…”
聞こえるはずのない過去の悲鳴がロイの心に響き渡る。
「クリス…エマ…」
ロイはブルブルと震えながら…絞り出す様な声で今は亡き妻と娘の名を呟く。
目の前で濁流に飲み込まれていった二人の名を。
「……ガスト!オーガストよ!」
ウィルフレッドの声によってロイは不意に現実に引き戻された。
「今一度、尋ねるが…貴殿はかの地の正確な地図を作る事は可能か?」
思慮深い、この老王は。
まるで人生の意味を問い掛ける哲学者の様な笑みを浮かべ。
ロイに語りかけた。
ならば、自分も真摯に答えねばなるまい。
妻子のことはある。
いや、自分のこの生業への思いは妻子のこと以外にはなにもない。
だからこそ、ロイは言った。
「正確な――というのは現時点で、です。それはすべての地図がそうですが。一年後、五年後、十年後……刻々と大地は姿を変えますゆえに、正確で在り続ける地図などは存在いたしません」
ロイはそのことを身を持って、大切なモノの犠牲を代償として、ようやく学んだ。
「ですが、もし閣下の目的が新世界での領土獲得が目的であるのならば、限りなく正確な地図は作れます」