5大聖龍とその女達 187
その直後。路地裏から少女の大きな笑い声が響き渡った。
突然の大声に通りの人間たちはビックリしたようだが、発生源の路地裏を覗いてみれば年の離れた姉妹くらいの女2人がじゃれ合っているだけ。
人々はすぐに興味を失った。
もっともそれはじゃれ合っているのではなく、マリーが少女の脇腹をくすぐって一方的に笑わせているだけなのだけど。
そしてそこからさらに数分後。笑い声は聞こえなくなり、路地裏には体力を使い果たしてぐったりしている少女と、そのそばで仁王のように腕を組んで見下ろす狩人の姿があった。
「さて、お嬢ちゃん。どうしてあたしの財布なんか取ったんだい? まあ、あたしの財布を取ったところで、二束三文にしかならないけど」
「そ、それは・・・」
「黙ってちゃあ何もわかんねぇよ。それにもう怒ってないから」
「ほ、本当?・・・」
「ああ、だから訳を話してみな。あと自己紹介がまだだったね。あたしはマリー」
「マリー、お姉ちゃん?」
少女は多少躊躇いながらも、ゆっくりと事の経緯を話し始めた。
少女の名前はミラ。
事の発端はミラの祖父が経営している武器屋が原因らしい。
何でも店を訪れる客が極端に減り、祖父は頭を悩ませていた。
これではいけないと子供の頭で考えたのが窃盗だ。
だが、盗みなどやったことないミラはどうやっていいか分からず、途方に暮れていたところにマリーと接触し、その時財布に目に留まり、取って逃げたというわけだ。
「ふ〜ん、事情は分かったけど、人の物を盗むのはよくねぇな」
「ご、ごめんなさい。本当は、悪いことだって、分かってたけど、でも・・・」
「ああぁ、泣かなくていいから。もう怒ってないし、それにあたしの他にも謝らなきゃならない人がいるだろう?」
「謝る人? あっ!?」
ミラの頭に過ったのは紛れもなくミラの祖父。
いつも優しくしてくれる、おじいちゃんだ。
「そっ、じゃあ、早いとこミラのおじいちゃんのとこ行こうぜ。悪いことしたんならちゃんと謝らないとな」
「で、でも・・・おじいちゃん、許してくれるかな?」
「大丈夫だって、ミラがちゃんと謝れば、おじいちゃんだって許してくれるって」
「う、うんっ! わたし、ちゃんとおじいちゃんに謝る」
「よし、そうと決まれば善は急げだ。ミラのお店に行こうぜ」
ミラの案内の元、やってきたのは大通りから少し外れたところにある、こじんまりとした店だった。
活気にあふれる大通りと違い、こちらは閑散としており。
お世辞にも流行ってるとは言い難い。
あまりの寂れっぷりに、マリーはミラが盗みを働いたのも何となく理解できてしまった。
だが盗みは盗み。立派な犯罪である。
ここにいるミラの保護者には孫娘が道を踏み外さないよう、しっかりと説教してもらう。
もちろん保護者であるミラの祖父にも説教をしたうえで、だ。
今の自分の置かれた立場を見事に棚上げしながら、ミラの祖父の店に入ると。
そこにはカウンターの向こう側で商品であろう、武器の手入れをしている老人がいた。
老人はやってきたマリーたちに一瞥したが、すぐに視線を武器に戻して手入れを続ける。
客に対する『いらっしゃいませ』の挨拶も愛想のよい笑顔もなし。
孫娘に対する『お帰りなさい』の一言さえない。
黙々と武器の手入れにいそしむその姿に、マリーは老人が頑固者、偏屈ジジイとよばれる人間であることを悟った。
そんな中、ミラが重い空気をかき分けるように老人の元に向かうと言いにくそうに声をかけた。
「た・・・ただいま、おじいちゃん。あの・・・ね?今日はおじいちゃんにお話ししなくちゃいけないことがあるの」
「・・・何だ」
殺し屋のような、渋くて低い声。
孫娘が盗みを働いたことなど知らないとわかっていても、別に怒っているわけではないとわかっていても。
ミラに次の言葉をためらわせるには十分な迫力だった。
だが。それでも彼女は言わなくてはならない。悪いことをしたら謝る。
まして他人を、家族をダシにしてしまったのならなおさら。
だからこそミラは意を決して真実を告げた。
「ごめんなさいっ!私、おじいちゃんのお店がたいへんで、何とかしてあげたくって!
あのお姉ちゃんのおサイフを盗んでしまいましたっ!本当にごめんなさいっ!」
「・・・・・・っ!?」
その瞬間、武器の手入れをしていた老人の手が止まった。
手入れをしていた武器をカウンターに置き、無言で立ち上がる。そして・・・
「こンのっ・・・バカ孫がぁッ!?」