5大聖龍とその女達 186
「ちっ!やられたぁ!!」
少女が人通りの多い大通りに逃げ込むのを見るや否やマリーも慌てて駆け出す。
見た目は可愛い普通の少女だが、ここはクルカ村には遠く及ばない大都市。
たまたま居合わせた相手が可愛い少女でも、いつ何が起こるか分からないそんな世界である。
だが、マリーには勝算があった。
所詮相手は子供。
自分は村では森を駆け回り、狩りをしていた。
その中には素早い獲物も数多くいる。
たかが子供に負けるはずがない、そう思っていた。
だが皮肉にも、マリーの思い通りにはならなかった。
「く、くっそ〜!待てぇっ!!」
マリーの思いとは裏腹に少女との距離がどんどん離れていく。
通行人の数が多すぎて思い通りに前に進めないのだ。
クルカ村では考えられない人通りの多さにマリーも困惑している隙に体の小さい少女はスルスルと通り抜けていく。
そして、追い付けない原因は自分にもあった。
「くそっ、ガーター付けてるとやっぱ走りづらい。取りたいけど、時間ないし・・・」
もう一つの原因は身に着けているガーターベルト。
メイド服を着用する際、エリアから押し付けられたものだ。
エリア曰く「メイドさんはカチューシャ、ガーター、網タイツは標準装備よ」だそうだ。
マリーも別にメイド服が嫌いなわけじゃない。
実際可愛いし、着心地も悪くないし嫌いというよりむしろ好きなほうだ。
だが、ガーターベルトだけはどうしても好きになれなかった。
装着するのも時間がかかるし、走るとベルトの伸び縮みが激しいのが理由だ。
取ろう思うならエリアから「そんなのメイドじゃない!!」と止められる始末。
なので、今まで装着することを余儀なくされていた。
マリーからまんまと財布を盗み出した少女はどうも浮かない顔をしている。
せっかくここまで事がうまく運んでいるというのに、少女は喜んではいられなかった。
(はぁ、はぁ、お姉ちゃんには悪いけど、これでおじいちゃんが・・・)
「ク、ソ、ガ、キイイィィィっ!!待ちやがれえええぇぇぇっ!!」
「ひぃっ・・・!?」
何やら意味深なことを心の中で呟いた直後。
背後の人ごみから怒り狂うマリーの声が轟いた。
この手の犯罪は初めてなのか、その声を聴いた少女はあわてて近くの路地裏に逃げ込み、身を隠す。
1分、2分―――。永遠にも思える短い時間の中、少女はぶるぶると震えてマリーをやり過ごす。
あの恐ろしい声はもう聞こえてこない。自分を探して通りの向こう側に行ってしまったのだろうか?
少女が小動物さながらのかわいい動作で、そっと路地裏から顔を出したその時だった。
「はい、ゴクローサン」
「ぴきゃっ!?」
聞き覚えのある声が上からしたかと思うと、少女の身体が宙に浮いた。
マリーが少女の服の襟をつかんで持ち上げたのだ。
城壁ではちょっとミスしてしまったが、腐っても彼女はハンターである。
いくら見知らぬ土地とは言え、子供にまかれるようなヘタなど打たない。
しかもどうやらこの少女、スリをするのはあまり慣れていないらしい。
マリーにしてみれば、見つけてくださいと言わんばかりの逃げっぷりだった。
さて、どんな理由があるかはさておいて。本来ならば憲兵にでも突き出してやりたいところなのだが。
今はマリー自身も兵士に追われる身。かと言ってこのまま逃がしてやるのも納得がいかない。
わずかな逡巡の後。マリーは意地の悪い笑みを浮かべると、ジタバタと抵抗する少女に声をかけた。
「さてお嬢ちゃん?どんな理由があったのか知んねえけど。
悪いことしたら、お仕置きされるってのが常識だよな〜?」
「・・・っ!?〜〜〜っ!」
お仕置きと聞いてさらに激しく暴れる少女。しかし宙に浮いた状態ではどうすることもできない。
イキのいい獲物を前に、マリーの狩人としての心がどうしようもなく刺激されるだけた。
「でもオレも今、いろいろあってよ。ここの兵士と顔合わせらんねえんだわ。
そ・こ・で♪おまえにゃオレのうっぷん晴らしもかねて、ちょっとおもちゃになってもらおうか?
なぁに、心配すんな。痛いことなんざ何にもしねえからよ。ま、すっげえ苦しいかもしんねえけど♪」