元隷属の大魔導師 90
別にこの傷自体が嫌いな訳ではないし、第一、身体が成長した所為か、あると分かっていてもよく目を凝らさなげれば見えないほど薄くなっている。
しかし、一応は自分の人生の殆どを共にしてきた傷だ。
大した道を歩んできてはいないが、それでも中には大切な思い出もあった。
デルマーノは熱せられた砂が背中のその傷を焼くのを感じ、目を瞑る。
(…………。………母さん、か……)
幼い頃に亡くしたが今でも、母の面影は明細に思い出せた。
「ふんっ………らしくねぇなぁ。らしくねぇ……」
ぐっ、とデルマーノは身を起こす。
(それに……)
デルマーノは浜辺で遊ぶ学生達を見つめた。
(奴らは俺と同じ水に浸かんのは嫌だろうな。なんせプライドのお高い貴族様達だ)
デルマーノは左手首に彫られた奴隷印を見て、ふぅ……、と息を漏らす。
その時、燦々と照りつける日が陰った。
「…………?」
デルマーノが不審に思い、顔を上げるとそこには身体をタオルで拭くアリアが立っていた。
適度に濡れた髪や肌が妙に色っぽい。
「……デルマーノ。来ないの?」
「ん?ああ……ほれ………」
デルマーノは左手をトントン、と叩いた。
「あぁ………でも、そんな事は気にしなくてもいいのに……」
「ふんっ……せっかくの修学旅行をぶち壊す気はねぇよ」
「…………」
アリアは顎に手を置き、首を傾げる。
すると、何かを思い出したように手をポンッ、と打った。
「そうだっ!デルマーノ……付いてきて」
「ああ?どこに………」
「いいからっ!」
アリアに肘を掴まれ、デルマーノは立たされる。
するとそのまま浜辺の端へと連れていかれた。
「おぅ………こりゃ……」
「ふふっ、凄いでしょ?」
デルマーノが連れてこられたのは小さな入江だった。
「ここだったら背中の傷を気にしなくてもいいでしょ?」
「っ!!」
「私が気付かないとでも思った?これでも私、ちゃんと見てるつもりよ。それに……あなたの身体の隅々まで見ちゃってるしね」
アリアは近付きながら言った。
デルマーノは溜め息をつく。
「アリアには敵わねえな…。けど悪ぃがお前にはまだこれについては話す事はできない。俺の中でも決着がついていないからな………」
珍しく思い詰めた顔をしながら言った。
アリアはふふっ、と優しく笑う。
「大丈夫。いつかデルマーノが話てくれるまで私は待ってるから」
その微笑みにつられ、デルマーノも笑った。
「わりぃ。そういってくれると、助かる。ただ………今言えるのは……」
そう言うとデルマーノは黙ってしまう。
続きが気になるマリアだが急かすことはせず黙ってデルマーノが言うのを待っていた。
そして、デルマーノが何かを決断したかのように表情を変える。
「今、言えんのは………この傷跡は俺の犯した罪の証だ。俺の血と魂への罰、だ……」