元隷属の大魔導師 89
ヘルシオも倣い、口をつける。ヘルシオの喉をキンキンに冷やされた液体が焼いた。
「ぅっ?……これ、お酒じゃないですかっ!」
「何だ?ジュースかなんかだと思ったのか?」
「でも………勤務中……」
「他の奴らだって遊んでんだ。構いやしねぇよ。それにはるばるワータナーまで来たんだ、地酒は呑まなくちゃな」
そう言うとデルマーノはまた、一口、瓶内の液体を呑む。
「これは……なんてお酒ですか?」
「ラム酒」
「ほぅ……」
ヘルシオは瓶口から匂いを嗅いだ。
何とも言えない香しい香りが鼻を抜けた。
ゴクリ、とヘルシオは喉に流し込む。
「それで……何の話しだったかな?」
「デルマーノさんが不機嫌な理由のもう半分です」
「そうだった、そうだった……アリアが今、着ている水着があんだろ?ありゃ、俺が買ったんだ」
「っ!……そうだったんですか………それはまたどうして?」
「俺が半日行方不明になった時があっただろ?そうそう、舞踏会の次の日だ。そん時………んまぁ、とある理由で俺の不倫疑惑が持ち上がってな。勿論、冤罪だが……それのお詫びつーか、ご機嫌取りつーか………買い物に付き合ってやったんだよ」
「………デルマーノさんも何だかんだで尻に引かれてますよね……」
「うるせぇ」
「それでいくらだったんです?あの水着……」
「……んっ!」
デルマーノが右手を広げ、ヘルシオに見せた。
「銀貨五枚ですか………なかなかの買い物で……」
ヘルシオは軽く笑い、ラム酒を呑む。
「違ぇ……銀貨五十枚だ」
「ぶうふぅっ!………けほっけほっ」
ヘルシオは口の中の酒を吹き出した。
「ごごご、五十枚?平民の家族の一月の食費じゃないですかっ?」
「あれ絹だし……それはまぁ、いいんだがなぁ………」
なる程、とヘルシオは心の中で呟いた。
確かに自分が大枚叩いてプレゼントした水着を他の男が色情して見ていたら不機嫌にもなるだろう。
「んま、そういことだ。大した問題はねぇよ」
「………。……そうですか」
デルマーノとヘルシオは小瓶を一気に傾けると中身を飲み干した。
「ぅしっ!………じゃあ、お前もあん中へ加わってこいっ。楽しそうだぞ?」
デルマーノは海辺で遊ぶ近衛騎士達を指差し、言う。
「あ、の………デルマーノさんは?」
「俺ゃ、良いのよ。さっさと行ってこいって、なっ?」
そう言うとデルマーノはヘルシオの背中を押した。
そのデルマーノの様子を不審に思いながらもヘルシオは立ち上がる。
「わ、わかりました。では……」
海辺の方へと向かっていった。
それを見届けデルマーノは、ふう、と溜め息をつき、寝転がる。
デルマーノが断ったのは、単純に人前で肌をさらすのが嫌だったからである。
奴隷だった印を見られるのは大した事ないが、背中にある大きな十字傷を人前に晒すことは嫌だった。
奴隷だった時に負った傷の跡は体のあちらこちらにあるが、背中の傷だけは物心がつく前から存在していた。