元隷属の大魔導師 85
出航して半日、学生達は船内の散策に夢中なのか甲板には船員以外の人影が見られない。
「はぁ……はぁ……」
息を調えるとアリアは口を開いた。
「私はこれから行くワータナー諸島王国について聞いたのに……なんでそれが怪談になるのよ?ヘルシオ君なんてまだ怯えているじゃない」
「わ、私はこういった怖い話しが苦手で……」
顔面を蒼白にしたヘルシオが情けなさそうに呟く。
「イッヒッヒッ……それは悪ぃ事をしたな。だがよ、ワータナーには実際に吸血鬼伝説があんだよ。郷土史を説明するよりかは面白いと思ったんだが……」
「確かにそうかも知れないけど……貴方の語り口が上手すぎるのよっ!普段通りの口調だったら大して怖くはなかったでしょうに……」
アリアは血の気の引いた顔のヘルシオを不憫そうに見つめた。
「ん、まぁ……俺ぁ兄弟がいたしな。話をするのは慣れてんだよ」
「兄弟?」
「ああ。勿論、血の繋がった本当の、じゃねぇぞ?奴隷時代に一緒に暮らしていた奴らだ」
「へぇ〜………意外ね」
「?……何がだ?」
「貴方はあまり他人と連むタイプじゃないと思っていたけど……」
「はっ………だが、生きるためにゃ仕方なく、さ」
「そうなんだ………それにしても……」
「デ、デルマーノッ!話しが逸れたわっ。続けなさいっ!」
エリーゼはアリアの言葉に己のソレを被せ、打ち消す。
「ひ、姫様?」
アリアは不審に思い、エリーゼを見つめ首を傾げた。
エリーゼはアリアと目が合うとふいっ、と視線を逸らす。
アリアはああ……、と理解した。
彼女は自分とデルマーノが親密にするのが嫌なのだ。
舞踏会での一件の後、アリアはエリーゼに何度か説明したが受け入れられなかった。
それで、挙げ句の果てに得意でもない怪談話しで話しを逸らそうとしたのだ。
デルマーノも雰囲気から薄々、事情を察しているのだろう。
玩具を見つけた子供のようにエリーゼを見つめにやぁ、と笑った。
「………おいっ、エリーゼ姫」
「なっ、何よぉ?」
デルマーノのまったく敬意のこもらない『姫』発言にエリーゼは眉をひそめながらも問い返す。
「………ばあぁっ」
「ひゃああっ!」
俯いたデルマーノが顔を上げるとエリーゼは悲鳴を上げた。
彼の口元から長い牙が生えていたのだ。
アリアも一瞬、驚いたもののよく観察してみるとそれは氷で出来たモノだった。
悪戯の成功したデルマーノは大声で笑う。
そして氷を歯から抜き、海へ捨てると未だに笑いながら続けた。
「イッヒャッヒャッ………ビビりなお姫様だ」
「ううう、うるさいっ!王族を馬鹿にしてぇ……許さないわ。ええ、断じて許さないわ!」
怒り心頭に発する、といった様子で頬を膨らませるエリーゼを気にした風もなく、デルマーノはニヤニヤする。
「イヒッ……しかし、そんなに吸血鬼が怖ぇものなのか?」
「こっ、怖くないっ!怖くなんてないわっ!」
「じゃあ上陸二日目の観光で行く吸血鬼の城、一人で探検してみっか?イッヒッヒッ……」