元隷属の大魔導師 83
「どうせ一度捨てた命だ、惜しくもない。ちゃんと投降するよ。約束する」
「へっ……そうかい」
そう言い、笑うとデルマーノはごろん、と横になった。
そして、ふあぁぁ……と大きく欠伸をする。
「なっ……まさか寝るつもりかっ?」
「ああ?昨晩はなんやかんやで一睡もしてねぇんだ。眠くてよ」
「しかし……私が目の前にいるのに……」
「ふんっ………この鍛えられた俺の身体を寝込みに襲う気か?あ〜あ、大変だ。貞操の危機だね〜……イッヒッヒッ」
「誰が襲うかっ!」
「なら、いいじゃねぇの……」
デルマーノはヒッヒッ、と笑うと目を瞑った。
しばらくするとすぅすぅ、と寝息を立て始める。
「ほ、本当に……眠ったのか………まったく、この男は……」
自分が牙を剥く事も逃げ出す事も考えていないのだろう。
フィリムは呆れながらも、ふふっ、と笑った。
こんな強く面白い男は初めてだ。
目の前で眠る男に今まで感じた事のない感情を抱きつつも彼女は借りた短剣で残った鳩を平らげた。
「ギャアオォォ………」
洞窟内に竜の雄叫びが反響した。
「………ん、あ?」
デルマーノはその鳴き声で目を覚ます。
辺りを見回すとフィリムも横になって寝息を立てていた。
焚き火の炎が消え、灰も冷めていることからすでに寝てから何時間も経ったのであろう。
「オオォォゥ!」
また鳴き声が聞こえた。
アルゴの声ではない。
「ヒッヒッ………この女、運が良いな」
デルマーノはペチペチ、とフィリムの頬を叩き、起こした。
「うぅ………っ!デルマーノッ?」
「起きたか。どうやらお迎えが来たようだぞ?俺のではなくお前の、な」
「そ、そうか……」
フィリムはガバッ、と起きあがると服装を調える。
「イヒッ……涎も拭いとけ?」
「う、うるさいっ!」
頬を赤く染めながらもフィリムは服の袖でゴシゴシ、と口元を拭いた。
デルマーノは焚き火の後を踏みつけ灰を散らす。
「……んじゃ、行くか?」
「ああ」
洞窟を出たフィリムは太陽光に目を細めた。
狼煙の前に座った緑の鱗をした翼竜がくるぅぅ……、と喉を鳴らす。
「テイル。よく来たな」
「ゴオォウッ!」
「すまない、心配をかけた」
フィリムはテイルの頭を軽く撫でた。
隣に立ったデルマーノはん〜……、と伸びをする。
「約束だからな。逃がしてやんよ」
「デルマーノ、世話になったな」
「イヒッ!らしくねぇな?」
「ふんっ………この借り、いつか必ず返す。必ず、だ」
「まぁ、期待しねぇで待ってるよ。イッヒッヒッ……」
「デルマーノ、貴方という男は最後まで………ふふっ。では、私は行くよ」
「ああ、精々気をつけるんだな」
「ああっ……」
フィリムはテイルの背に跨るとバンッ、と腹を蹴った。
翼竜は助走を付けようと数歩、下がる。
「デルマーノ。本当にありがとうっ!」
「けっ……」
テイルはダッ、と駆け出し空へと舞い上がった。
緑の翼竜は高度を上げ、数秒で雲に隠れ、視認できなくなる。