元隷属の大魔導師 75
リリアが声をかけようとして隣に座るユーノに尻を摘まれ、小さく悲鳴を上げる。
リリアはユーノを反論するように睨むが、ユーノはツンッ、とそっぽを向いていた。
「…………姫様方。お兄様の件、申し訳ございませんでした」
デルマーノが口に出したその単語でようやくリリアは事情に気が付く。
ユーノとリリアは兄の仇を目の前にした妹を演じなければならないのだ。
リリアもユーノに倣い、ふいっ、とあらぬ方向を向いた。
「…………では、私はこれで……」
デルマーノは一度、深く礼を取ると王族席を去ろうとする。
デルマーノが後ろを向き、一歩を踏みだそうとしたその瞬間……
………ガッ!
「つ〜かまえたっ!イッヒッヒッ……」
デルマーノは右手で空を掴み、小さく笑った。
「へっ?…何を……」
エリーゼが問いを口にした刹那、デルマーノの右腕から冷気が迸り、空を凍らせる。
「「っ?」」
席に座った王族達は驚きに息を飲み、身を強ばらせた。
「がぁっ………ああぁぁっ!」
氷結した空間が瞬間、歪み、一人の男が現れる。
年の頃は四十前後か。
男は凍った左腕から紫色の液体が入った瓶を床に落とした。
「おっ……と。中身は何です?毒ですか?」
瓶が床にぶつかる寸前、デルマーノは掬うようにキャッチし、中身を天井の照明に翳すと、問う。
男は『氷結』の呪文をかけられ、凍りついた左腕を抱え、痛みに呻いた。しかし、その目は未だに反抗の色を含んでいる。
「ぐうぅぅ………くっくっ……まだ、だ……ぅ…」
「は?」
男はデルマーノの呆けたような表情を見て、勝ち誇ったように笑った。
「くはは………っぅ!……今だ、レジナンドォ!」
……………
男はシンシアを睨み、そう叫んだが何も起きない。
「馬鹿な………レジ…ナンド……があぁっ……」
激痛に顔を歪め、仲間の名を呼ぶ男にデルマーノは小さな声で言った。
「レジナンド……とはあちらの方ですか?」
「っ?」
男は悶えながらもデルマーノの指し示す方向を見る。
そこにはアリアに短刀を首筋に当てられ、両手を上げる青年がいた。
「しく、じったのかぁ……レジナン、ド………」
「す、すみません……フォークさん」
アリアに拘束されたレジナンドはフォークに謝る。
レジナンドはそのまま、アリアにデルマーノの元へと連行されてきた。
驚いたように拘束された二人を見る王族達。
「デ、デルマーノ……これは一体何が……」
パチパチパチパチ……
「「っ!……?」」
女王セライナの戸惑った問いかけを拍手で打ち消した者が王族席へと近付いてきた。
上等なタキシードを着た三十過ぎの男だ。
「デルマーノ君、よくやってくれました。陛下、勝手ながらこれは私が彼に命じたのです。王族方を魔導で警護しろ、とね……」
彼の名はトードレル・レビュー。シュナイツ王国宰相その人である。
彼は駆けつけた衛兵に拘束された二人の男を連れて行きなさい、と命じた。