元隷属の大魔導師 56
愛しき彼からの告白にアリアは笑顔で頷いた。
歓喜で顔がニヤケるのも仕方がなかろう。
デルマーノが左肘を差し出したのでアリアはそれに腕を通す。
二人は寄り添うようにヤフー街へと、通りを歩いていった。
相も変わらずヤフー街の周囲は静かだった。
人通りがない訳ではない。活気がないのだ。
そんな鬱蒼とした暗い森のような印象を受ける道をデルマーノは恐れもせずに歩いていく。
時々、擦れ違った者に会釈までしていた。
そうして歩いていくデルマーノは古い家屋の前で立ち止まった。
「……ここは?」
「悪の親玉みたいなジジイがいただろ?アイツの家だ。ヤフー街じゃここが一番、衛生的だからな。リーサはここにいさせるよう、言ってあんだ」
アリアは己へと絶対的な敵意の眼差しを向けていた老人を思い出す。名は確か、ラインバルトだったか。
デルマーノは大股で扉へと近付くとノックもせずに手を掛け、開けた。
「ラインバルト、入るぞ?」
デルマーノの後に続き、家屋内へとアリアも入る。
そこは台所と一緒になった薄暗い居間であった。
部屋の中央には古臭い食卓、一式が置いてある。
その椅子に件の老人が座っていた。
向かいには屈強な男が座っている。
いつか見た顔だ。ラインバルトの護衛なのだろう。
「久しぶりだな、兄弟。しばらく顔を見せないからローザが心配していたぞ?」
アリアを一瞥するもラインバルトは気に止めず、デルマーノに話しかけた。
「ふんっ……薬はちゃんと数週間分は留守番に渡してたがな?」
「リーサを診るお前ではなく、お前自身を案じたんだ、アイツは……」
「どういう意味だ?」
「くっくっくっ……時、たまにお前は鈍くなる」
ラインバルトは一頻り、喉の奥で笑うと、向かいに座る男へ命じた。
「おい、デルマーノが来たと街の奴らに伝えてやれ」
コクリ、と男は頷くと、室外へ出ていった。
アリアは今のラインバルトの発言が気になり、デルマーノのマントをちょんちょん、と引っ張り、尋ねる。
「ああ……リーサのついでにな、他の奴らも診てやっていんだよ。医者にかかれねぇ貧乏人ばっかだからな。イッヒッヒッ……」
そう言うとデルマーノは部屋の奥の扉へと歩いていった。
今度はノックをする。
「………入るぞ?」
デルマーノは声をかけると扉を開けた。
「デル〜……久しぶり♪」
「ぬぉ……」
どすっ、とデルマーノの鳩尾へと少女が飛び込んできた。
デルマーノは苦悶の声を上げつつもしっかりとリーサを支える。
アリアは感嘆した。
以前、会ったこの少女はいつ倒れてもおかしくないような顔をしていた。
しかし、今、目の前にいる娘は別人のように元気である。
「なんで先週は来なかったの?」
「ああ、ちょっと戦争をしにカルタラの外に行っていたんだ」
リーサはデルマーノの言葉に驚き、不安げな表情になった。
「ちょっ……デルマーノ、それは少し語弊があるわよっ」
アリアは慌てて彼の発言をたしなめる。