元隷属の大魔導師 45
それは国を統べる者のモノではなく、自分の娘の成長を喜ぶ、父親のモノである。
「父上………申し訳ごさいません」
「娘よ。何を謝る?」
「私は父上を見捨て、逃げようとしています」
「そんな事か……ユーノ、リリア。謝るのは私の方だ。お前達は私と心中する事より、戦い続ける事を選んだ。辛い道を選んだ。娘にそんな道を選ばせる愚かな父を許してくれ」
「父上……」
「お父様っ!」
ユーノとリリアは涙を流し、ゼノビスと抱擁した。
だが、彼女達に水を注す者がこの場にはいる。
「………娘は生きて、息子には死ねと?」
元第三皇子ヒルツであった。
癖のある赤髪をもった、色白の青年である。
彼はクレディアの侵攻以前は魔導騎士隊の一将軍であり、二人の兄がいた為、王位からは遠い位置にいたのだ。
しかし、兄は戦死。滅びの一途を辿る国の第一皇子となってしまったのである。
「………どういう意味だ、ヒルツ?」
「父上は私に第一皇子として、この国の最期を看取れと仰った。なのに妹達の亡命は良しとするっ!」
「お前は男だ」
「だったら何ですかっ?女は生きて良いとっ?」
「何が……言いたい?」
「妹達もこの国に残るべきだっ!」
「貴様……」
「そうでじゃありませんか?ユーノやリリアもターセルの皇族です。にも関わらず、この国から逃げだそうとしている。許されて良い事ですかっ?」
「ヒルツ、自分が何を言っているのか……」
「いい加減にして下さい、ヒルツ殿下」
ゼノビスの言葉にデルマーノの声が被った。
「貴方は妹君をご自分と心中させようとしているのですよ。助かる命を殿下の我が儘で亡くそうとしているのです……分かっているのですか?」
「私の……我が儘、だと?」
ヒルツは立ち上がると、机を回り、デルマーノへと向かって歩いて来る。
デルマーノとエーデルの間に割って入り、ダンッ、と机を叩いた。
「……貴公こそ分かっているのか?私への侮辱は即ち、ターセル皇国への侮辱となるぞ?」
「……殿下は只、姫君達が羨ましいだけでは?この国から無事に逃げ出せ、命が助かる姫君達が……」
「っ………」
ヒルツは目を見開き、顔を真っ赤に染める。そして、彼は怒りに震える手で、デルマーノの胸ぐらを掴んだ。
「…………」
唇を震わせ、ヒルツはデルマーノを睨む。
「……ヒルツ殿下…貴方が助かる方法があるとしたら……どうします?」
「貴公はっ………ふんっ!」
ヒルツはデルマーノを突き飛ばす様に放すと、足を踏み鳴らし、食堂を出て行った。
デルマーノの戯れ言には付き合いきれぬ、という事か。
「……数々のご無礼、申し訳ありませんでした。私も退席させて頂きます」
デルマーノは襟元を正すと、一礼し、足音一つ立てずに退室した。
(イッヒッヒッ……図星を突かれて、あの態度……まだまだケツが青いなぁ………っ!)
「……歩みを止めよ、隊長殿」
薄暗い廊下を歩き、デルマーノが一人、心の中で笑っていると、背後に感じた気配から声を掛けられる。