元隷属の大魔導師 32
「だってデルマーノ君相手に、アリアが木剣でボコボコにしたんじゃないの?」
向かいに座る甘党の魔導師が隊でも五指に入る腕前のアリアと渡り合える、フローラにはとても『そう』思うことが出来ないのだろう。
「そんな事、ないわよ……逆に私の方が一方的に……ね」
「えっ?」
「……何でもない」
アリアのボソッと漏らした呟きはフローラには聞かれていなかったようである。
………その時だ。
「……デルマーノ隊長はいらっしゃいますかっ?」
食堂にまだまだ少年の面影を残す若い騎士が駆け込んできた。
相当、急いでいたのだろう出入り口で局員とぶつかり、よろけながらもデルマーノを必死に捜す。
「あぁ……すみません、すみません………居たっ。デルマーノ隊長、デルマーノ隊長!」
「どうしました?そんなに慌てて……えっ、と」
アリアにも見覚えがあった。確か……
「ヴィッツ、ヴィッツです。女王付き近衛騎士隊の秘書官の……」
「そうでした。ヴィッツ君、私に何か用があったようですが?」
「はいっ…直ぐにヨーゼフ隊長の所へ……緊急招集です」
「女王付きの隊長が?………了解しました。ご苦労様です」
ぺこりと頭を下げるとデルマーノは食堂を出て行った。
「………ヴィッツ君、デルマーノ君が何で呼び出されたの?」
「はぁ……先程、王宮から使者が来まして…」
その言葉でアリアとフローラの間に緊張が走る。
「アリア…まさか……」
「確証は無いけど……シンシア様が関係しているわよね、多分……」
「…………」
二人は押し黙ってしまった。
ヴィッツは訳が分からず、おろおろする。
彼女達も局員同様、クレディアの侵攻で神経質になっているのであった。
(ヨーゼフ……女王付きの隊長様が俺に何の用かね?)
先日、酒場で第三王女付きの連中を絞めた事だろうか?
それとも、勝手に竜舎を造った事か?
(いや、どれも時間が経ちすぎだ。じゃあ……なんだ?まぁ、行きゃ分かるか…)
まさか嫁いだ王族への援軍要請が近衛騎士局全体を揺るがす程の重要事項だとは思っていないデルマーノはこの一月の間に行った悪行を思い出していた。
近衛騎士局隊長会議室。
デルマーノはそう書かれた部屋の前で身嗜みを整える。
コンッコンッ……
どうぞとの応えを受け、扉を開けた。
「……おや…エーデル隊長までいらっしゃるのですか?」
広い部屋には大きな円卓が一つ、それに合わせた椅子が数脚あるだけである。
緊急招集の声が掛かった各隊長はこの部屋に集まる事になっていた。
扉から最も離れた椅子に右頬から首へ走る傷が特徴の四十過ぎの美丈夫、ヨーゼフ女王付近衛騎士隊長が座っており、向かって右側の椅子にエーデルが腰を降ろしている。
「緊急招集との事ですが……何でしょう?」
「まぁ、座ってくれ…」
向かって左側の椅子を指してヨーゼフが言った。
デルマーノはそれに従う。
「クレディアがターセル皇国に攻め入った。それは両者共、知っているな?」